第三章:愚者の病(霧) ― 〃 ―
◆ 霧 ― 朧夜(上)
こんな人生、まっぴらだ。
俺の望んだものじゃない。
もっと上手くやれるはずだった。
けれど気づけば三十路を越え、俺はこんな場所にいた。
定職はない。名刺もない。
人付き合いは途絶え、通知音の鳴らない携帯だけが、むなしく手元にある。
かつての友人たちからは、十万、また十万と借りては返さずに逃げてきた。
「返すつもりはあった」と、どこかで思っていた。
けれど、実際に返したことは一度もない。もう会うこともない。
都合よく忘れてくれればいいと、そう願っていた。
借りた金は酒に消え、毎日飲み明かしては記憶を失う。
それでも時折、そんな自分が気持ち悪くて仕方なくなる。
後悔が喉に引っかかり、息苦しくてたまらない。
死にたいとしか言葉にできなくなる。
だが、死ぬのは嫌だ。
幼い頃、父さんが言ったことを夜毎思い出す。
「あんなのは負け犬のすることだ」と。
だから俺は、不本意な幕引きを望んでいる。
ここまで俺の意のままにならない人生なら、汚い終わり方でもしちまえばいい。
俺の意志じゃない。責任なんて全部俺のものじゃない。
誰にも責められず、ただ、いなくなるだけの最期。
そんなことを考えながら、今日もまた生き延びている。
ああ、頭が痛い。吐き気も手の震えも止まらない。
昨日、酒を飲まなかったせいだ。
くそ、あの女のせいで……。
この感覚が忌々しくてたまらない。
俺の気持ちも知らねえくせに。
だが、峠を越えしばらくすると、
頭の中が妙に冴え渡り、「ああ、これからだ」と真剣に思える。
ほんの数時間、空気が澄み切り、遠くの光まで透けて見えるような気がする。
すべてを取り戻せると錯覚し、世界が味方だと錯覚する。
逃げた友人たちに謝って、借金を返して、
ちゃんと働いて、ちゃんと恋して、ちゃんと笑う――
まだ俺は間に合うと信じられる。
だが、知人と会い夜が訪れ、朝を迎えれば、俺の輪郭はまた無くなっている。
何も変わらず、何もできず、
俺はまた白い淀みに沈んでいく。
何も面白くないのに笑っている。
笑えている。
はは。
…はは、ははははは。
つい願ってしまう。
こんな瞬間が永遠に続けばいいと。
あるいは、あの道の向こうから、俺を消し去る何かが現れればいいと。
――頭に響く、この気持ち悪い笑い声を止めてくれ。
誰でもいい、頼むよ。
頼むから………
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回は、10月6日(月)に更新予定です。
引き続き、ご覧いただけましたら幸いです。




