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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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デートで必要なのは足の速さ

 3月10日、日曜日。午前11時20分。暑すぎず寒すぎず、涼しく過ごしやすい陽気の中、健太郎は身なりを整え、壁内の中心部にあり、人々の待ち合わせスポット、『ホッグ・ノーズ像』の前に立っていた。


 この像はその名の通り、最初の超人であり、素顔を隠したマスクのヒーロー、ホッグ・ノーズの再生医療への発展や市民の平和と安全に貢献した功績を称え、壁内の平和と安全を祈って建てられた物である。右腕を天高く掲げ、その腕には円盤状の盾が取り付けられていた。そしてこの年の12月には84歳になろうとする不老の超人、ホッグ・ノーズこと、梅竹義人うめたけ よしひとはかつての教え子である香織の後ろ盾として今も彼女を支え続けている。


 そんな所縁の深い人物の像の前で健太郎は一目で異性と会うんだろうなと判断できる格好をしていた。


 襟のない紺色のシャツに黒のテーパードパンツ。カジュアルな色合いの茶色いワークシューズといった具合だ。


 ダサいと思われないかと内心ビビりながらも『デートしよ?』とメッセージを送りつけてきた相手を待つ。


「あのー、すみません……」


「はい?」


 声を掛けて来たのは20代前半らしき美女2人組であった。その細長い手にはスマートフォンが握られている。


 マズイな……。


 健太郎はなんとなく彼女らの目的が想像できた。


「藤村、健太郎さんですよね?」


「あ、はい。そうです……」


「あー良かったー。あの、私たち! 健太郎さんの大ファンなんです!!」


「そうなんですか。ありがとうございます」


 健太郎は最近ほど露骨ではないが、昔からこういうことがよくある。藤村の家に近づきたいのか、見知らぬ人物からよく声を掛けられてきた。


 はにかんではみたものの、知り合いに見つかる前に内心早くこの場から逃げ出してしまいたい。


「ヤバい。カッコイー!!」


 2人は黄色い歓声を上げる。周囲の人たちが何事かとこちらを注目し始めた。


 マズイ、マズイ……!!


 早くこの場を収めなければ……。そんなことを考えていると、黒髪ボブの1人がこんなことを言い出し始める。


「あの……もし良かったら、写真とかいいですか?」


 写真!? 


 んなもん駄目に決まってんだろと思いつつも、あくまで丁寧に。自分は藤村の人間なんだと己に言い聞かせた。


「申し訳ありません。写真はお断りしておりまして……」


 健太郎は会釈程度ではあったが、迷わず頭を下げる。


「えー……。まーそうですよねー」


 残念がる2人ではあったが、この程度では簡単には引き下がらない。


「それじゃあ……。握手だけでもして頂けませんか?」


 今度は栗毛ロングの女性が提案してくる。


「あ、いいね!!」


「まあ、それぐらいなら……」


「ありがとうございます!! ……わーすごーい!! ゴツゴツしてるー!!」


「キャー!! ホントだ―!! ありがとうございますー!!」


「…………」


 周りの男性たちの視線が痛いな……。


 キャアキャアと騒ぐ女性らを前に悠然と口角を上げつつも内心では焦り散らかしていた。


 早くこの場を逃げ出さなければ……!!


 そんな時である。彼女の声が聞こえたのは。


「けん、くぅうううううううううーんッ!!」


 適当なことを言ってこの場から離れようとしたところ、目の前から美声を発しながらもせっかく整えた髪が振り乱れることなどお構いなしに走ってくる待ち人が目に入る。————梓だ。


「お待たせぇええええええええええええええーッ!!」


 彼女はドリフトを決めて停止。


「ハァ……。ハァ……。ウェッ」


 走り慣れていないにも関わらず全力疾走したせいで消化中の物を口から戻しそうになる。


「だ、大丈夫————」


 上を向いてせり上がってきた物を飲み込んだ梓は健太郎の言葉を遮り、素早くこの場を掌握した。


「お待たせ―けんくん。ごめんねー待たせっちゃって。それで―—この方たちはお知り合い?」


 肩で息をしながら鼻息は荒く、そして笑顔の少女というのは中々に不気味なものだ。女性2人もその迫力に圧倒され、解りやすくドン引いている。


「ああ、いや。俺のファンらしくて……」


「ああ、そうなんですかー。いつも応援ありがとうございますー。これからも応援よろしくお願い致しますー。それじゃあ私たち、これから『デ-ト』、なので。これで失礼致しまーす」


 デート部分をわざと強調し、そう言い終えると彼女は健太郎の手を引いて、ズンズンと来た道を戻って行った。




「…………」


 どう見ても怒ってるよなぁ………。


 健太郎は右手を引かれたまま、黙って梓の後ろを付いて歩く。


 さすがの健太郎も梓の怒る気持ちは理解できた。好きな男が他の女子に言い寄られている場面を、それもデート前に見せられて面白い訳がない。


 だが、あれは事故みたいなものだとなんとか弁明をさせて貰い、機嫌を直してもらいたいのだが、そんなことを考えていると、梓はくるりと振り向いた。


「おんぶして」


「え?」


 おんぶ? なんで?


 梓は健太郎の反応が聞こえなかったものと判断し、もう一度大きな声でゆっくりと、そして自分の要望を口にする。


「お、ん、ぶ、し、て!!」


「え? どっか怪我して……」


「いいからっ!! はやーくッ!!」


 梓は健太郎の心配を余所に威嚇でもするかのように両手を挙げ、頬を膨らます。


「ああ、はいはい……」


 なんなんだ、一体……。


 健太郎は首を傾げながらも後ろを向いてしゃがみ、彼女が乗りやすい姿勢を取った。


「よしっ……。えいっ――!!」


「おっと……」


 梓は遠慮なく健太郎の背中に飛び付き、その柔らかな肢体を容赦なく密着させる。甘い香りを鼻が捉えた。


 これはヤバい……ッ!!


 さらに服越し、背中越し、ブラ越しにも関わらず、その豊かな乳房の感触が健太郎に襲い掛かる。


 ふよん……。


 そんな擬音が脳内に響き渡った。


 マズイ……!!


 そして、暴れん坊が俺の手番かと勘違いし、勝手に膨張をし始める。


 落ち着け……!!


 しかし、そこは神牛一刀流の使い手。気の操作などお手の物だ。


「健くん?」


 下半身に溜まった気を素早く循環させ、呼気と一緒に体外へと排出した。暴れん坊は急激にしぼんでいく。これは日々の鍛錬の賜物であった。


 よし……ッ!!


「よっと」


「おー。たかーい!!」


 滑らかな髪の感触を左頬に感じながら健太郎は立ち上がり、梓に尋ねる。


「それで、どこに行くんだよ」


 娯楽が全くといっていいほどないこの地区のどこに用事があるのか。健太郎には分からなかった。


「そりゃあ、もう帰るよ?」


 何を当たり前のことを言っているんだと言いたげに、梓は答える。


「え? いま来たばっかりじゃん」


 やっぱり怒っているのかと思ったが、彼女の言い分は全く違った。


「当たり前じゃん!! せっかく整えてきたのに髪はボサボサで汗はダラダラ。こんな格好で外なんか歩き回りたくないよっ!! 恥ずかしくて死んじゃうって!!」


 それぐらい解ってよと、健太郎の体を前後に揺らす。


「ああ、解った解った。それじゃあ、梓んちに向かいますよ」


 歩き出したところで「いま、やっちゃんいるかな?」と言いながらスマホを操作し始めた。


「いや、知らん」


「うん。だと思った」

 

「…………」


 健太郎に鋭い一撃を与え、彼女にメッセージを送る。今から行っても大丈夫かと。


 なぜ八重のうちに行くのか。


 そんなことよりもチュールスカート越しの太ももの感触も中々にマズいぞ……。


 煩悩が思考の邪魔をする。


「あ、いいって!!」


 良かったーと安堵する梓。


「んじゃ、行きますか!!」


「うん!! れっつ、ごー!!」


 その言葉を合図に健太郎は小走りで八重の家へと向かった。






 八重の家へは15分足らずで到着する。


「はいっ! とうちゃーくっ!!」


「はやーいっ!! さすがけんくん!!」


「まあな。これくらい余裕よっ!!」


 フフンと自慢げな表情を見せ、健太郎はゆっくりとしゃがみ、梓を下ろした。


「ありがと」


「どういたしまして」


 そう言って八重の家に目を向ける。2階建てで庭付きの、よくある小綺麗な民家だ。


 この前以来か……。


 そう思った健太郎とは裏腹に梓は意外な答えを口にする。


「なんか久しぶりだなー。やっちゃんち来たの」


「へーそうなんだ。なんか意外だな。もっと遊びに来てそうな感じなのに……」


 梓は「まあ、遊んではいるよ」そう前置きをし、


「でもやっぱり、おじさんたちのことがあったからかな。なんか自然と私が行くよりもうちに来てもらうようになっていたかな?」


 気を使われてるのかもね。そう締めくくる。


 その言葉に健太郎は、「そうかもな」と短く返した。八重の性格ならその方向に話を進めてもおかしくはない。


「なんか、しんみりしちゃったね」


「だな」


 梓の苦笑に口角を上げて返す。


 カチリと梓がチャイムを押した。室内に響く呼び出し音が聞こえてくる。


『はーい。いま開けるねー』


 八重の声がインターホンを通して聞こえて来た。


 するとパタパタとスリッパの鳴る音が大きくなり、ドアがガチャリと音を立てる。


「お待たせ―」


 出てきたのはスウェットに長袖のTシャツ、髪を下ろした八重であった。


「おはよー。急にごめんねー」


「ううん。別にいいよー。ちょうど暇してたし」


 八重は嫌な顔一つせず梓を中に招き入れ、その扉を迷いなく閉めようとする。


「いやいやいやいやいや。ちょっと待った! ちょっと待った!」


「え? なに?」


「いや、何じゃないよ!!」


 まだ何か用があるのかと八重は健太郎に問う。


「あっ。送ってくれてありがとー。じゃあねー。ばいばーい」


 梓はいつの間にかスリッパに履き替え、手を振って別れを告げてくる。


「いやいや。おかしい、おかしい。なんで俺だけ駄目なんだよ!!」


「——そりゃあ」


「「ねぇ?」」


 2人は顔を見合わせ、声を揃えた。


「女の子には女の子同士でしか話せない秘密の話があるんだよ?」


 八重の言葉に梓は腕を組み、うんうんと頷く。


「それはそうかもしれないけど、今日の俺はどうすりゃいいんだよ」


 誘ったのはそっちだろと、梓を非難する。なんだか意地でも居座ってやりたくなってきた。


「えー……。どうする?」


 八重は後ろの梓に問い掛ける。


「んー……。もうしょうがないなー。じゃあ、上がりなよ」


「おい乗っ取られちゃったよ」


 その言葉に2人は堪えきれず、笑い出した。


 なんなんだよ、まったく……。


 しかし、不思議と悪い気はしない。2人が笑えば健太郎も嬉しくなる。彼女らの笑顔が好きだ。自分のことをネタにされても嫌ではなかった。


 卒業も決まり、仕事を始めてからまだ一週間足らずのはずではあるが、なんだかこうして3人で揃うのは、かなり久しぶりのような気もする。


 そういえば、八重の顔つきも柔らかくなったな……。


 仕事を始めてからは正直、気の毒に思うほど徐々に厳めしいものへとなっていた。


 ずっとこんな顔をしていて欲しい。


 そう思う健太郎である。


「それじゃ、上がって」


「お邪魔しまーす」


 こうして2人は八重の家に上がるのであった。

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