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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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4月の朝は君の色

 八重が部屋のチャイムを押した。


「ほーい」


 ニュース番組を観ていた健太郎は粘土を伸ばし、ドアを開ける。


「ありがと」


 彼女は何事もなかったかのような表情で部屋に入り、「はい」といってスマホを差し出した。


「おう」


 香織とどんな話をしたのか微塵も興味がない健太郎は受け取ったスマホを早速操作し、「テレビ観る?」と八重に尋ねる。


「ううん。先にお風呂でも行こうかな?」


「おお、そっか」


 健太郎はスマホを置き、テレビを消すと腕から折り畳まれた白いタオルを2枚取り出し、八重に差し出した。


「ほい。体洗うやつと拭くやつね」


「うん。ありがと」


 それをそっと両手で受け取り、健太郎はさらに「着替えはどうする? とりあえずTシャツとスウェットならあるけど」と言って左右の手にそれぞれ2つを乗せて見せる。


「うーん……。それじゃあとりあえず、Tシャツ借りるね」


「おお、ほい」


 八重は右手の黒い無地のTシャツを受け取った。


「じゃあ、行ってくるね」


「おお、いってらー」


 借りた物を大切そうに抱え込み、八重は部屋を後にする。


「—―はぁー……」


 なんか緊張したー……。


 ドアをパタンと閉めた途端、胸の空気を一気に吐き出し、体温を上げる緊張感を遠くに飛ばす。自覚する前は何も感じることのなかった健太郎の一挙手一投足に胸がドキドキと高鳴り、初めての恋を脳が楽しみ、しゃぶり尽くしているようだ。


 こんなんじゃあ保たないよ……。


 顔は赤くなってないか。耳は赤く染まっていないか。目は泳いでいないか。いつも通り振舞えているのか。鏡を通しても見ることができない事柄が気になって、気になって仕方がない。


 なんで健太郎のこと、好きになっちゃったんだろ……?


 仕事のこと、梓のことを考えるとめんどくさいことになるだけにも関わらず、だ。


「はぁ……」


 理屈じゃないってことか……。


 まさに恋。心の中の誰かがそう叫んでいる。


 今日、眠れるのかなぁ……。


 普段なら憂鬱な気持ちになる事も不思議と心が踊る八重であった。






 彼女が部屋に戻り、交代で健太郎が大浴場へと向かう。その際、ジャージが見つかったと黒の上下がベッドの上に置かれていた。


「ありがと。それじゃあ、借りるよ」


 そう答え、健太郎が部屋を出てから下を履き替える。そして帰ってきた健太郎と共に暇を潰しながらの電話番が始まった。


「鳴らないね」


「鳴らないな……。まあでも、風呂も入ったし、鳴らないで欲しいけどなー」


「確かに」


 そんな他愛もない会話をしながら白と黒の石遊びに興じていると、いつの間にか午後10時を回っていた。


「そんじゃ、そろそろ寝るか。いつ呼び出されるかも分からんし」


 健太郎がゆっくりと立ち上がる。落ち着きを取り戻した心臓が再び跳ね上がった。


「そうだね。そうしよっか」


 自然に言えたはず。そう彼女は考えることにし、先にベッドに入ると壁側半分を陣取った。撫でればその質感に指先が喜ぶ化学繊維のシーツの間に体を潜り込ませる。筋肉が震える冷たい感覚と共にマットレスがゆっくりと沈み込み、体内活動が緩やかに減速をし始めた。


「電気消すよー」


「はーい」


 室内が暗闇を取り戻す。外からの光が厚手のカーテンを通して部屋に入り込み、完全な闇とまではいかないまでも暗闇に慣れていない目では健太郎の細かな表情までは見て取れない。少年がするりと隣に体を捩じ込ませてくる。自然と少女は己の体を抱えていた。


「ふぅ……」


 深い溜息。互いの肩がそっと触れ合う。


「ごめん。狭い?」


「ううん。大丈夫だよ」


 むしろ、もう少し触れ合いたい。彼の体温を感じていたいと思う自分がいる。


 健太郎はどうなんだろ……?


 そんなことを考えつつ、早く寝ようと目を閉じた。


 ああ、疲れた……。このまま朝まで眠らせてくれ……。


 この祈りは通じるのか。スマホのアラームをセットし、同じように目を閉じる。


 隣に人がいるというのはヘンな感覚だ。母と一緒に寝た記憶はもう既にない。


 こんな感じだったのかな……。


 気が付いたら八重が我が家にやって来て、友達から家族になった。その頃の香織は八重とよく一緒に過ごし、寝ていたように記憶している。


 そういや別に嫉妬もしなかったなぁ。


 何か言われたような気もするが記憶は残っていても引き出す手段が存在しない。


 初めてか。こうやって誰かと一緒に寝るのは……。——いや、幼稚園のお泊り会以来か……。


 あの時から確か隣には梓がいたような気がする。


 まさかまた、こうやって一緒に寝ることになろうとは。


 ホント人生ってやつは何が起こるか分からないな。—―しかしまあ、どうせ分からないならこういったいいことばっかり起こって欲しいもんだな。


 だが、肩の感触はあれど手の感触を感じない。


 もしかして……、腕組んでる?


 健太郎は想像した。そしてその行動が彼女の本心であり、少しでも自分の身を守ろうとしているのだと思えてしまう。そう一度でも思うと急激に心理的距離を感じ、恐ろしくなり、少しでも彼女から離れようと体を僅かに動かした。


「健太郎?」


 すると彼女に声を掛けられる。


「ん? どうした?」


 何事かと顔を横に動かす。目はもう暗闇に慣れ、彼女の表情を捉えていた。


「いや、なんか端の方に動いたからどうしたのかなと思って……」


 今まで見たことのない距離で見る八重の顔。それはとても美しく、その艶やかな頬に手を伸ばし、触れてしまいそうになる。


「ああ。いや、なんか。ただ、嫌かなぁと思って……」


「なんで。別に嫌じゃないよ」


「おお。そっか……」


 それじゃあと先程の位置に体を戻す。その際、八重も体を動かした為、互いの肘と肘がぶつかった。


「ああ、ごめん」


「ううん。別にいいよ」


 先程よりもぴったりと体の側面が密着している。しかし、なんとなく互いに動くこともできず、このままの体勢を維持していた。


「……なんか、緊張するね」


「だな」


 乾いた笑い。唾を飲み込む音。高まる心音。越えられない壁が2人の間には確かにあった。


「…………」


「…………」


 いきり立つ一物を一刻も早く沈めるべく、早く寝てしまおうと健太郎は頭の中を空にする。


 こうして2人は眠りについた。この時の健太郎は翌朝、衣服越しとはいえその柔らかさに驚く乳房と滑らかで温かい太ももに挟まれることになろうとは微塵も思ってなどいないのである。

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