超人たちの歴史
人類の長い歴史の中で、初めて超人が公表されたのは西暦2007年、12月4日、火曜日のこと。笹川家の自宅に落ちた隕石の中から地球外生命体が飛び出し、1人息子である優人とその友人、梅竹義人に寄生したことが始まりであった。
この時確認された寄生生物は計5匹であり、1匹は現場付近で死亡。残り2匹は木島龍之介、冴島幸助両名に寄生し、超人化。そして人類史上初の超人による殺人事件を引き起こす。あれから巨大地震が起こるまでの18年間、梅竹義人はホッグ・ノーズと名乗り、特徴的なフェイスマスクとともに平和と安寧に力の限りを尽くすのであった。
こうして居住地域完成後、壁内の治安維持は徐々に藤村家へと移行していく。こうしてホッグ・ノーズは表舞台から姿を消した。
「はーホント、死ぬかと思った」
同日、午後6時3分。藤村家リビング。和人、香織、八重、健太郎の4人は特上握り寿司が乗った長方形のテーブルを囲み、それを摘まみながら健太郎は何げなく先程の試験についての感想を述べた。
「どこかまだ痛むの?」
心配そうな八重の問い掛けに健太郎は明るく否定する。
「まさか! もう綺麗さっぱり治ってるよ」
もっと自分の能力に自信を持てよ、と左隣の少女に発破を掛けた。八重は健太郎の幼馴染であり、妹弟子にあたる。
身長、163センチ。天真爛漫を絵に描いたような白百合の花がよく似合う、小さな顔に大きな瞳。そして桃色の唇。手入れの行き届いた黒の御髪は左側で1つに纏め、そのまま肩に垂直に垂らしている。そして出るところは出て、引き締まるところは引き締まる。豊かな胸の持ち主でもあった。
彼女の能力は5つあり、その中の1つが触れたものの再生だ。どんな状態のどんなものでも瞬時に元の形に戻すことができ、自身の負った傷と死亡した者を蘇らせることはできないが、応用の幅がかなり広い。
この他にも超スピード、超パワー、超精密動作を行うことができる不可視の両腕の具現化など、圧倒的な戦闘能力の持ち主である。先程、超遠距離からの狙撃ができたのも健太郎特製の弓矢というだけでなく、日々の鍛錬に加え、能力の恩恵も多大にあったのだ。
「そもそも母さんが悪いんだよ。俺のこと、本気で殺そうとして来てさ」
痛かったんだからな、と目の前の母親に抗議する。
「何言ってるの。そんなことするはずないでしょ。だって試験なんだもん。ある程度本気は出すけど、命を奪ってどうするの」
香織は冷静に切り返す。
「それはそうだけど、あれは結構ギリギリだったでしょ。八重がいる前提の攻撃だったよ」
「それはそうだね」
香織はあっさりと認めた。
「だけど八重がいたからこそ、今まで実践に近い稽古ができたんだから、八重に感謝しないと」
「まあ、それはそうだけどさ……」
それにしたってあれはやり過ぎだろうと言ってやりたかったが、死の淵に立てば立つほど強くなれている気がしないでもない為、あれで良かったんだと無理やり半ば納得する。
「まあいいや。それじゃあ、俺たちは明日っからさっそく仕事に取り掛かれるってことでいいんだよね?」
「——まあ、そうだね」
「おっしゃ!!」
「…………」
ようやく俺の出番だと、俄然気合が入る健太郎とは裏腹に、八重はどこか不安そうな顔をしていた。それを育ての親でもある2人は見逃さない。
「そんじゃ、ごちそうさまでしたー」
手を合わせ、お決まりの文句を口にすると、健太郎は醤油皿と箸を流しへと持っていき、
「ちょっと刀振ってくる」
と、先程の庭へ向かっていった。
「近所迷惑になるから、ほどほどにしておきなさいよ」
「へーい」
そんな香織の言葉に上の空な返事をする。
「まったく……」
その溜息に3人は思わず苦笑した。
「——八重はどうするの? 今日も泊ってく?」
「そうですね……。そうさせて頂きます」
どこか伺うような八重の様子に香織は母の顔を彼女へと向ける。
「うん、解った。じゃあ、少し休んだらお風呂先に入っちゃいなさい。明日も早いんだから、早く寝るんだよ」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと彼女は嬉しそうに自室のある2階へと上がって行った。
「…………大丈夫だと思う?」
声のトーンを押し殺した香織の言葉に和人は反応する。
「うーん、どうだろ……。正直、向いてるとは思わないよ。でも、信じるしかないでしょ。俺たちは戦う道しか示してやることができないんだからさ」
和人のやるせなさを受け止め、香織は溜息をつくと秘めた思いを口にした。
「……そうだね。でも、ホント今更だけど、やっぱり高校には進学して欲しかったな……」
「——だな」
遠慮しているのか、それとも早く働かなくてはいけないと思っているのか。そんなこと、考えなくてもいいのに……。という2人の思いは最後まで届かなかった。実子以上に愛情深く接する夫妻である。
それは師匠と弟子という関係だけでなく、八重が5歳の時に自ら死を選んだ彼女の両親に手紙で託されたからでもあった。八重には自分たち以外、頼れる身内はいない。だからこそ、夫妻は実子以上に愛情を注ぎ、八重はそれを理解しているからこそ、早く1人前になって2人を支えたいという考えに至ったのである。愛ゆえのすれ違いであった。
そもそもなぜ、八重は進学を選択しなかったのか。それには上記の理由以外にも能力者に対する社会的差別、震災後の治安維持対策が大きく関係している。
復興だけでなく、大勢の超人という新たな問題を抱えた日本は国内だけでなく、諸外国にも大きな波紋を呼んだ。特に隣国の反応は大きく、自国民を守るという大義名分のもと、武力衝突一歩手前というところまで関係が悪化してしまう。これが今日まで尾を引く結果となり、過激ともいえる治安維持へと繋がるのであった。
政府は超人を管理しようと動き出したところ、予想通り、反発する人々が現れる。そこに隣国がつけ込み、人員と資金を投入。反政府組織を乱立させた。当初は義人を筆頭に組織壊滅を行っていたが、超人化が全国、さらには全世界へと波及し、問題解決のためのマンパワーが圧倒的に足りなくなる。そこに加え、のちに『堕ち人』《おちびと》と呼ばれる超人化に適応することができず、異形化してしまう人々も現れ始めた。
『駆逐許可及び保護対象外危険生物』|《くちくきょか および ほごたいしょうがい きけんせいぶつ》————。この登場と過去に国際連合が提唱し、日本も署名した超人に関する国際条約がハンター制度設立の契機となる。反対の声も上がったが、それよりも治安維持を望む声が大きく、成立となるも成り手は能力者に限られた。能力者には能力者をという合理的な判断な訳だが、結果としてそれは能力者の職業固定化を生んでしまう。そして、いわゆる3Kと呼ばれる仕事は超人たちが担うようになっていったのであった。
どんなに頑張って努力しても誰もやりたがらないようなキツイ仕事しか待っていない。さらには自由も奪われる。この絶望は人を簡単に歪ませた。道を踏み外す者、内に閉じこもる者が続出し、国内の治安は僅かながらに改善し始めているものの、依然としていつ壊れてもおかしくない、薄氷の上での生活を余儀なくされる。『暗黒の50年』に突入したのだ。
戦いの道しか教えることができない大人たちは諦め、時には苦悩し、子供たちは絶望、無気力に生きる。そんな中、健太郎は2代目藤村家当主としての座に就くべく、修行に励んだ。それは壁内に住む人々のため、おのが信念のために剣を振るう道を選んだのであった。
こうして人々の思いなどを余所に太陽は沈み、再び大地を照らすべく姿を現す。西暦2075年、3月4日、月曜日。午前10時5分。2人の若者は新たな土地へ足を踏み入れるべく、その準備を行っていた。
「きょーも、いー天気だなぁー」
雲はなく、風は穏やか。見上げる健太郎のいで立ちは昨日と同じ。
発行された資格者証をポケットの中にしまい、健太郎は悪路も難なく走破する無骨なデザインのオフロード車の運転席に乗り込んだ。能力者は15歳で成人となり、車の運転免許証も取得可能である。
「お待たせ」
上下は共に健太郎と同じ戦闘服を着用し、左手に打刀を持った八重が小走りでやって来くると刀を抱え、助手席にするりと乗り込んだ。
「おしっ! それじゃあ、行くか!!」
車は母の待つ、壁外に向けて走り出す。まずは城門だ。僅かな緊張感を荷台に乗せた車は進路を西へ迷いなく突き進んで行く。




