お風呂回という名の水着回その2
粘土で競泳水着のような物を作り、それを身に着けた健太郎は浴槽を出て体を洗うことにする。
「ホント便利な能力だよねー」
ほえーと感心する梓に健太郎はそうだなーと頭を洗いながら答える。
「まあ、父さんと母さんの能力のいいとこ取りっちゃあ、いいとこ取りだからなぁ」
「あー。おじさんが『クラウン・ボックス』で、おばさんが『影を操る』だったよね?」
お湯に肩まで浸かる梓が思い出すように尋ねてきた。
「そうそう。父さんの能力が正方形の箱の中から道化師やら仮面やらナイフなんかを出せて、母さんが黒い影みたいなのを操る能力だよ」
シャワーでシャンプーを落とし、今度はリンスを髪に付ける。
「いいなー。私もなんかそういう強い能力が欲しかったなー」
湯船の縁に顎を乗せ、彼女はなんとも無しにぼやいた。
「どうしたんだよ。急に」
洗顔フォームで顔を洗い、頭と顔を一遍に洗い流す。
「んー? ただ、なんとなくね。私も気とか使えたらまた違ったのかなーなんて思ってさ」
「うーん。そりゃあ、まあねぇ」
どうしたんだ、急に?
何かあったのか? 健太郎はそう考える。
「でも梓のだっていい能力だろ? 高い再生能力にそこら辺のヤツらになら負けない身体能力。美しい顔、美しい声。どんな暴飲暴食をしたってその美しさは失われることなく、老いることもない。永遠の美、だったろ? ちょーいい能力じゃん」
「まーそうなんだけどさー」
しかし、どこか納得しない様子を見せる梓であった。
「でも同性からは妬まれるし、変なのにばっか好かれるし。好きな人は振り向いてはくれないし。何もいい能力なんかじゃないよ……」
「————。うーんまあ、その点に関してはなんとも言えないけど……」
墓穴を掘ったか?
ナイロンタオルを手に取り、ボディソープを2回付け、泡立てる。
「あ、洗うから貸して」
ザバッと湯船から出て、その細い手を健太郎に差し出した。
「いや、いいよ。自分で洗うから」
何を言っているんだと首から洗い始めると、
「いいから貸して」
そう言ってタオルを掴まれてしまう。
「……ああ、分かったよ。頼むよ」
このまま無駄な押し問答をしてもしょうがないと、ここは素直に従うことにした。
「ありがと」
そういうと彼女は背中をタオルで擦り始める。
「…………」
なんなんだ。この状況…………。
健太郎が何か悪いことでもさせているかのような気になっていると、梓はポツリと呟いた。
「健くんって、やっちゃんのこと好きだよね?」
唐突な質問に健太郎は驚き、振り返る。
「はぁ!? なんでそうなるんだよ」
何言ってんだ!? 健太郎は即座に否定した。
「だってそうじゃん。こんなにも好き好き言ってるのに全然振り向いてくれないしさ。健くんは絶対、強い女の子が好きなんだよ……」
しょんぼりとする彼女に健太郎は首を傾げる。
「いや、うーん。どうだろ……」
強い女の子かぁ……。考えたこともねぇなぁ……。
一応否定する健太郎ではあったが、うつむく彼女を見て体を半分動かし、掛ける言葉を丁寧に探す。
「…………まあ、正直言ってさ。恋愛的な好きって気持ちがよく解らないんだよ」
「……ホントに?」
少し潤んだ目で見上げる彼女に思わずドキリと心臓が跳ね上がる。
「ホントだよ。なんでか知らねーけど、よく解んねーんだよ」
「そうなんだ……」
浮かない顔をする彼女になぜか申し訳なさがどんどんと積み重なっていく。
「やっぱり俺もさ、なんだかんだ言って繊細なところがあるんだよ。そうは見えないかもしれないけどさ。——正直言って、藤村の家の重圧から逃げ出したいんだよね」
「え、そうなの!?」
健太郎からの初めての告白に梓は驚いた。
「そうなんだよ。母さんみたいにさ、あっち行きこっち行き。会議、会議、会議、会議。嫌だよ、そんなの。俺はさ。1人であっちこっちふらふらしてるのが性に合ってんだよ。それに藤村の重荷を自分の大切な人に背負わせたくなんかないしね……」
「……だから、恋人はいらないってこと?」
「まあ、そうだね。それもあるし、それにほら、俺ってよく人から恨みを買うじゃん。だからさ、やっぱり怖いんだよ。大切な人を失う恐ろしさみたいなのがさ。自分が奪う時はなんとも思わないのにね」
そんな感じ、と健太郎は話を終える。
「…………」
これで諦めてくれるだろう。そう思いタオルを掴むも彼女は離そうとしない。
え?
「私、諦めないから」
梓は健太郎に力強い視線を送る。
「私のこと、好きになってくれるまで絶対に諦めないから!!」
「なんでそんな俺のこと……」
健太郎には理解できない。彼女の心に刺さるような出来事があったような覚えもない。
「理由なんてないよ!! 好きなんだもん!! しょうがないじゃん!!」
彼女の必死な顔を前にどう答えればいいのか皆目見当も付かない。
「…………」
よし…………。
困惑している健太郎を見た梓は意を決したような面持ちで突然、彼の体に抱き着いた。
「え!? 梓!?」
腹の辺りに柔らかい2つの感触を感じる。健太郎は急ぎ彼女の肩を掴み離そうとするも彼女は離れない。
「嫌っ!!」
「いやいや、マズイって……」
しかし、彼の言葉は彼女の耳には届かなかった。
「1番じゃなくてもいい。やっちゃんが好きでもいい。私のこと、好きにならなくてもいい。——だから、お願い。強くなるから。私の想いを受け止めて。お願いだから、私のことを独りにしないで……」
「…………」
顔を上げた彼女の瞳から1粒の涙が頬を伝う。その瞬間、彼の心臓が脈を打つ。そして、梓のその瞳から逃れることができなくなっていた。
「…………」
「…………」
どちらからともなく、互いの顔が徐々に近づいていく。気付けばその目を閉じていた。あともう少し。既んでのところで2人の唇が重なり合う。まさにその時——。
巨大な衝撃音が浴室を襲った。
何事かと2人して目を開いてみれば、いつの間にか戸を開け、八重が腕を組んで仁王立ちをしている。
「————2人共、何やってんの?」
軽蔑の視線。ドスの効いた声。透明な拳によって割られた浴室の壁。このままではマズイと理解しているのだが、こんな時に限って何も頭が働かない。
「ごめん、やっちゃん!! あともう少し!! あともう少しなの!!」
強引にキスを迫ろうと、梓が唇を近づけてくる。
「いやいやいやいや!! もう無理!! もう無理!! もう無理!!」
健太郎はなんとか逃れようと必死に体を動かした。しかし、彼女は離れてはくれない。
きゃあきゃあ言いながらほとんど裸の状態で体を密着させる2人に対し、八重はワナワナと怒りに体を震わせた。
「2人共、いい加減にしろーッ!!」
その言葉と共に八重は透明な手で2人を掴み、そのまま湯船に投げ込んだ。
その際、健太郎は梓を守る為、咄嗟に彼女を強く抱きしめる。
あ…………。
梓の願いがようやく叶った瞬間であった。こうして2人は八重に平謝りし、なんとか香織の耳には入れないよう頼みこむのであった。




