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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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13/22

お風呂回という名の水着回

 健太郎は戦場の全てを包み込み、まるでそこに最初から何もなかったかのような更地へと変え、自宅に向かって車を走らせる。そして、何事もなく無事に自宅へと辿り着いた。


「ただいまー」


「お帰りー」


「お帰りぃー」

 

 リビングの方から八重と梓の声が聞こえてくる。


「おお、来てたんだ」


「うん。お邪魔してまーす」


 顔を出し、梓に声を掛けた。


「そりゃいいけど、今2人だけ?」


 先程の件を両親、特に母親に報告しなければと思っていたのだ。


「うん。先生は遅くなるって。おじさんも外に出てて、いつ戻って来るかは聞いてないかな」


「そっか。まあ、先に報告書でも書いておくか……」


 八重の言葉を受け、手洗いうがいのついでに風呂が洗ってあるか確認しようと健太郎はリビングを後にした。






「ふぅ……」


 風呂を洗い、水を溜め、沸かす。その間に報告書を書き終えた健太郎は夕食前に汗や汚れを落とそうと、風呂に入ることにした。


「あぁー……」


 生き返るぅー……。


 湯船に浸かり、手足を伸ばす。温められたことによる血流の改善で、凝り固まっていた筋肉が徐々にほぐれていく。健太郎はこの感覚が何よりも好きだった。


 今日も疲れたなぁー……。


 目を閉じ、頭の中を空っぽにしてお湯にその身を預け、しばらくぼーっとしていると、


「失礼しまーす」


 梓が突然入って来た。


「はあ!?」


 目を開き、急ぎ体を起こす。湯気の立ち込める浴室に立っていた梓は長い髪を濡らさないよう纏め上げ、谷間を強調する清楚で可愛らしい白いビキニを着用していた。細くも肉付きの良い手足。くびれた腹。形の良いへそ。いやらしさを籠めて描かれた鼠径部。


 ネットに溢れかえる情報を目にしてはいたが、生身から得られる刺激はまるで別物だ。その時なぜか『ミロのヴィーナス』、『ヴィーナスの誕生』が頭の中を過ぎる。


 マズイッ!!


 出番か? と顔を出した息子をあっち行ってなさい!! と諫め、落ち着かせている間に梓は迷いなく湯船に入ってこようとしていた。しゃがんだことで、Ⅰの字を描く谷間が目の前に飛び込んで来る。


「何してんだよ!!」


 手の平を彼女の目の前に掲げ、行動を制止した。


「何って……。彼女としてお背中をお流ししようと思いまして……」


「そんなこと頼んでもないし、彼女でもない!!」


 勝手に進化させるなと健太郎は非難する。


「そんなに強く否定しなくても……」


「うっ……」


 目の前で露骨に気落ちした様子を見せられると、こちらの所為ではないはずなのだが、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「さむい……」


 そりゃそうだと思いつつも両腕を抱える彼女を見て、無下に追い返すこともできず、健太郎はしょうがないと口を開いた。


 まったく……。


「ほら、早く入りなよ」


「え? いいの!?」


 パァッとその表情が明るくなる。本当によくコロコロと表情が変わるなぁと健太郎は呆れ、そして感心した。


「いいよ。早くあったまんなよ」


「ありがと!! 失礼しまーす!!」


 まったく……。子供かよ……。


 わーいと入って来る彼女にそんな感想を抱く。


「…………」


「…………」


 雫の落ちる音。互いに体育座りをし、触れそうで触れない、そんな微妙な距離感を保っている。


「……なんだか、こうして一緒にお風呂に入るの、幼稚園以来だね……」


 えへへと、照れ臭そうに笑う彼女であったが、健太郎は素早く冷ややかに返した。


「いや、そんな事実はないだろ」


 記憶を捏造するな。


「あれ? そうだっけ?」


 キッパリと答える健太郎に梓は1人とぼける。


「そりゃそうだろ!! 母さんが許す筈ないんだから」


 あれ? そうすると今の状況って……。


「…………」


 サァーっと血の気が引いていく。マズイと思い立ち上がろうとするも梓に右腕を掴まれ、逃げられない。


「あ、すごーい。腕ツルツルー」


 鍛え上げた太い腕を彼女の長く細い指先がスリスリと撫でてくる。


「……まあ、剃ってるからね」


 まあ、帰ってこねぇだろ……。


 逃げることを諦めた健太郎は再び湯船に腰を下ろした。


「私も今日剃って来たんだー」


 見てみて―と、両腕をこちらに突き出してくる。どうしても彼女の方を見ると谷間が目に飛び込んでくる為、あまりそちらに目を向けないよう努力していたのだが、彼女はそんなことお構いなしに強調させて来た。


「あーほんとだー。綺麗、綺麗」


 適当に話を合わせるも彼女は納得せず、さらに体を寄せてくる。


「ねー、ちゃんと触ってみてよー。頑張ったんだよー」


 ほらーと、最終的には体を密着させてきた。


「ホントだー。すべすべ―」


 …………何やってんだろ俺。


 同級生の柔肌を撫でる自分が余りにも情けなく、そして間抜けに思えて仕方がない。


「でしょー」


 えへへーと喜ぶ彼女は可愛らしいとは思うが、先程の戦闘以上にどっと疲れを覚え始める。


 なんなんだ、今日は……。


 1人でゆっくり入りたかったのに……。癒しのひと時を奪われたものの自分を好いてくれている梓にはやっぱり強くは怒れない健太郎であった。

 粘土で競泳水着のような物を作り、それを身に着けた健太郎は浴槽を出て体を洗うことにする。


「ホント便利な能力だよねー」


 ほえーと感心する梓に健太郎はそうだなーと頭を洗いながら答える。


「まあ、父さんと母さんの能力のいいとこ取りっちゃあ、いいとこ取りだからなぁ」


 「あー。おじさんが『クラウン・ボックス』で、おばさんが『影を操る』だったよね?」


 お湯に肩まで浸かる梓が思い出すように尋ねてきた。


「そうそう。父さんの能力が正方形の箱の中から道化師やら仮面やらナイフなんかを出せて、母さんが黒い影みたいなのを操る能力だよ」


 シャワーでシャンプーを落とし、今度はリンスを髪に付ける。


「いいなー。私もなんかそういう強い能力が欲しかったなー」


 湯船の縁に顎を乗せ、彼女はなんとも無しにぼやいた。


「どうしたんだよ。急に」


 洗顔フォームで顔を洗い、頭と顔を一遍に洗い流す。


「んー? ただ、なんとなくね。私も気とか使えたらまた違ったのかなーなんて思ってさ」


「うーん。そりゃあ、まあねぇ」


 どうしたんだ、急に?


 何かあったのか? 健太郎はそう考える。


「でも梓のだっていい能力だろ? 高い再生能力にそこら辺のヤツらになら負けない身体能力。美しい顔、美しい声。どんな暴飲暴食をしたってその美しさは失われることなく、老いることもない。永遠の美、だったろ? ちょーいい能力じゃん」


「まーそうなんだけどさー」


 しかし、どこか納得しない様子を見せる梓であった。


「でも同性からは妬まれるし、変なのにばっか好かれるし。好きな人は振り向いてはくれないし。何もいい能力なんかじゃないよ……」


「————。うーんまあ、その点に関してはなんとも言えないけど……」


 墓穴を掘ったか?


 ナイロンタオルを手に取り、ボディソープを2回付け、泡立てる。


「あ、洗うから貸して」


 ザバッと湯船から出て、その細い手を健太郎に差し出した。


「いや、いいよ。自分で洗うから」


 何を言っているんだと首から洗い始めると、


「いいから貸して」


 そう言ってタオルを掴まれてしまう。


「……ああ、分かったよ。頼むよ」


 このまま無駄な押し問答をしてもしょうがないと、ここは素直に従うことにした。


「ありがと」


 そういうと彼女は背中をタオルで擦り始める。


「…………」


 なんなんだ。この状況…………。


 健太郎が何か悪いことでもさせているかのような気になっていると、梓はポツリと呟いた。


「健くんって、やっちゃんのこと好きだよね?」


 唐突な質問に健太郎は驚き、振り返る。


「はぁ!? なんでそうなるんだよ」


 何言ってんだ!? 健太郎は即座に否定した。


「だってそうじゃん。こんなにも好き好き言ってるのに全然振り向いてくれないしさ。健くんは絶対、強い女の子が好きなんだよ……」


 しょんぼりとする彼女に健太郎は首を傾げる。


「いや、うーん。どうだろ……」


 強い女の子かぁ……。考えたこともねぇなぁ……。


 一応否定する健太郎ではあったが、うつむく彼女を見て体を半分動かし、掛ける言葉を丁寧に探す。


「…………まあ、正直言ってさ。恋愛的な好きって気持ちがよく解らないんだよ」


「……ホントに?」


 少し潤んだ目で見上げる彼女に思わずドキリと心臓が跳ね上がる。


「ホントだよ。なんでか知らねーけど、よく解んねーんだよ」


「そうなんだ……」


 浮かない顔をする彼女になぜか申し訳なさがどんどんと積み重なっていく。


「やっぱり俺もさ、なんだかんだ言って繊細なところがあるんだよ。そうは見えないかもしれないけどさ。——正直言って、藤村の家の重圧から逃げ出したいんだよね」


「え、そうなの!?」


 健太郎からの初めての告白に梓は驚いた。


「そうなんだよ。母さんみたいにさ、あっち行きこっち行き。会議、会議、会議、会議。嫌だよ、そんなの。俺はさ。1人であっちこっちふらふらしてるのが性に合ってんだよ。それに藤村の重荷を自分の大切な人に背負わせたくなんかないしね……」


「……だから、恋人はいらないってこと?」


「まあ、そうだね。それもあるし、それにほら、俺ってよく人から恨みを買うじゃん。だからさ、やっぱり怖いんだよ。大切な人を失う恐ろしさみたいなのがさ。自分が奪う時はなんとも思わないのにね」


 そんな感じ、と健太郎は話を終える。


「…………」


 これで諦めてくれるだろう。そう思いタオルを掴むも彼女は離そうとしない。


 え?


「私、諦めないから」


 梓は健太郎に力強い視線を送る。


「私のこと、好きになってくれるまで絶対に諦めないから!!」


「なんでそんな俺のこと……」


 健太郎には理解できない。彼女の心に刺さるような出来事があったような覚えもない。


「理由なんてないよ!! 好きなんだもん!! しょうがないじゃん!!」


 彼女の必死な顔を前にどう答えればいいのか皆目見当も付かない。


「…………」


 よし…………。


 困惑している健太郎を見た梓は意を決したような面持ちで突然、彼の体に抱き着いた。


「え!? 梓!?」


 腹の辺りに柔らかい2つの感触を感じる。健太郎は急ぎ彼女の肩を掴み離そうとするも彼女は離れない。


「嫌っ!!」


「いやいや、マズイって……」


 しかし、彼の言葉は彼女の耳には届かなかった。


「1番じゃなくてもいい。やっちゃんが好きでもいい。私のこと、好きにならなくてもいい。——だから、お願い。強くなるから。私の想いを受け止めて。お願いだから、私のことを独りにしないで……」


「…………」


 顔を上げた彼女の瞳から1粒の涙が頬を伝う。その瞬間、彼の心臓が脈を打つ。そして、梓のその瞳から逃れることができなくなっていた。


「…………」


「…………」


 どちらからともなく、互いの顔が徐々に近づいていく。気付けばその目を閉じていた。あともう少し。既んでのところで2人の唇が重なり合う。まさにその時——。


 巨大な衝撃音が浴室を襲った。


 何事かと2人して目を開いてみれば、いつの間にか戸を開け、八重が腕を組んで仁王立ちをしている。


「————2人共、何やってんの?」


 軽蔑の視線。ドスの効いた声。透明な拳によって割られた浴室の壁。このままではマズイと理解しているのだが、こんな時に限って何も頭が働かない。


「ごめん、やっちゃん!! あともう少し!! あともう少しなの!!」


 強引にキスを迫ろうと、梓が唇を近づけてくる。


「いやいやいやいや!! もう無理!! もう無理!! もう無理!!」


 健太郎はなんとか逃れようと必死に体を動かした。しかし、彼女は離れてはくれない。


 きゃあきゃあ言いながらほとんど裸の状態で体を密着させる2人に対し、八重はワナワナと怒りに体を震わせた。


「2人共、いい加減にしろーッ!!」


 その言葉と共に八重は透明な手で2人を掴み、そのまま湯船に投げ込んだ。


 その際、健太郎は梓を守る為、咄嗟に彼女を強く抱きしめる。


 あ…………。


 梓の願いがようやく叶った瞬間であった。こうして2人は八重に平謝りし、なんとか香織の耳には入れないよう頼みこむのであった。

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