牛と蛇
クソッ!! とにかく動け!! 頭を働かせろ!!
単純な攻撃は防がれる。畳み掛ける方法は何か。健太郎は考える。
光輪剣!!
掲げた両手の平に輪を作り、高速回転させたそれを木島へと投げ付けた。
フッ……。
木島は鼻で笑う。空気を切り裂く鋭い音とともに迫る2つのそれを男はまったく脅威に感じていなかったのである。木島は脇差を握る左手を白い壁へと押し当てた。
ウワバミッ!!
その瞬間、手の甲から白い蛇のようなものが飛び出してくる。手の甲ほどの太さのそれは頭のような部分に人の口によく似た器官だけを持ち、その体は途中から人を丸のみできる程の大きさへと巨大化。さらに口を大きく開けると、左右から飛んで来る2つの輪をぺろりと意図も簡単に飲み込んだ。
フフフッ……。軽いな――――。
蛇を戻す木島の正面の壁が崩れ、視界が開かれる。そこに映る光景は、何もない。ただの殺風景な硬い土の運動場だけであった。
なんだ、逃げたか?
「…………」
気を探るも視えたのは地面の下の白い粘土だけで、健太郎の姿は見当たらない。
手の内を知られた以上、ここはお互い、確実に息の根を止めておきたい。
上手く粘土の中に隠れたな……。
さてさて、どう攻めてくる……? 実に愉快だと顔を歪ませ、何事も見逃すまいとその丸い目を爛々と輝かせていた。
「…………」
はぁ…………。つえー…………。
まったく嫌になると、木島の予想通り、粘土の中で息を潜める健太郎である。
まったく…………。どうするか…………。
攻め方はなんパターンか思い付きはしたが、最終的に首を斬り落とす未来が上手く描けていない。
あの感の鋭さと『口』がやっかいなんだよな……。
健太郎は木島の能力を『口に触れたものを消す』というものではないかと考える。最初は波状攻撃でなんとかなるかと考えはしたが、なんとなくあの能力はそれだけではないような気がしていた。
口は複数出せるとか、ありえるよな……。
そうなってくると物量でごり押す作戦はこちらもいたずらに体力を消耗するだけで得策とは言えない。しかも、あの反応速度が厄介だ。殺気なのか、気の流れなのか。とにかく自身から流れ出る何かを読んで反応しているのは間違いない。
「…………」
遠いな…………。
険しい未踏の岩山に挑む修行僧のような心持ちだ。足を踏み外せば奈落に引きずり込まれようとも己が信念の下、恐怖をコントロールし、なんとしてでも挑まなくてはならない。
でも、なんかワクワクしてきたな…………。
健太郎は不思議と背中に纏わりつく死の気配をまるで感じず、むしろ強敵との戦いを楽しんでいた。
勝てる、勝てない。勝つ、勝ちたい。そんな次元の話ではない。そんなことはどうでもよかった。ただ純粋に己の全てを掛けて刀を振るう。初めて経験する強者との殺し合いを前に眠っていた戦闘本能が呼び起こされたのだ。
銃とか爆弾とか、用意しとけばよかったなぁ……。しまった……。
勝ち方にこだわりなどない健太郎はそんなことを考える。
相手の弱点……。嫌がることー、嫌がること。うーむ……。
ムムムと健太郎は頭を悩ませ、木島は出方を伺う。互いに攻略の糸口を見つけられぬまま、探ること5分——。
あ……。そういえば……。
健太郎は思い出した。幼い頃、香織から『技をちゃんと綺麗に出そうとし過ぎて力み過ぎている』と言われたことを。
――――1回、刀捨ててみるか……。
それは得物を持った相手に徒手空拳で挑もうという余りにも無茶な判断であった。
攻めてこんな…………。
何を考えている……。木島は心を落ち着かせ、周囲への警戒を怠らない。
その時である。固い地面を吹き飛ばし、木島の前にその背丈を優に超える白い壁が現れたのは。
来たか!!
先手必勝と言わんばかりに束ねた髪を蛇に変え、壁に向かって瞬時に伸ばす。それを迎え撃つのは壁から生えた無数のクロスボウ。
ん!?
引き絞られた矢は引き金が引かれると一直線に蛇と木島に向かって飛んで行く。しかし、木島の正面にいる蛇がその体を覆い隠すほど口を開けると、大半の矢は音もなく消え去った。
無駄、無駄ァッ!!
木島は自身の左右上空を通り過ぎていくだけの矢を気にも留めていない。背後の地面に矢が突き刺さる音だけを耳にする。健太郎の作戦は成功した。
ん……?
粉のような粒が空から落ちて来て、ポツポツと顔に掛かる。そこで初めて、木島は上空を飛んで行った矢がその途中で崩れ落ち、白い粉となったことに気が付いた。
…………マズイ!!
急ぎ、気と右腕で口と鼻を覆い、粉から距離を取ろうと正面へと跳躍する。木島は粉の吸引によって体の内部から破壊されるのではないかと考えたのだ。しかし健太郎の粘土はそこまで小さくすることはできても体内に入った粉末レベルの大きさの粘土を遠隔で操作することはできない。これはブラフだ。
「!!」
今度は壁から生えていたクロスボウが無数の杭へと形を変え、3つに分かれると左右から跳躍中の木島を挟み殺さんと壁が迫る。
舐めるなッ!!
木島は脇差から伸ばしたカガチで地面を叩き、無理やり上空へと進行方向を変えた。
どうだ!! と思ったのも束の間、目の前に健太郎が現れる。木島は眼下の壁に気を取られ、気付けない。殺意が全くなく、気付けなかったのだ。健太郎は気を纏った右足で、木島の顔を蹴り飛ばす。
「ブッ!!」
自分の身に何が起こったのか、木島は全く理解できていなかった。顔の左側に衝撃が走り、次の瞬間には地面に叩き付けられていたのだ。
「グッ!!」
常人であれば死んでいた高度からの落下ではあったが、顔の前面に集中していたとはいえ、全身を覆う気によって、なんとか即死は免れる。しかしダメージは相当なもので、体を動かすことができない。健太郎は重力に身を任せながらも稲妻飛びで瞬時に移動し、そのまま木島の左脇腹へと右膝を落とす。
「ゴエッ!!」
あばらは砕け、内臓は潰れる。胃液と唾液が口から飛び出した。
「……」
そして健太郎は木島の左足首を持ちながらゆっくりと立ち上がると、止めとばかりに再度地面に叩き付ける。ひび割れる地面。唸る衝撃。健太郎はまるで人形でも扱うかのような動きであった。
「ふぅ……」
ようやく健太郎は息を吐き、体に籠めていた力を解く。
なんか体が軽かったな……。無駄な力が入ってないっていうか、気の流れがスムーズだった……。
なんとなく両手を開いたり閉じたりして先程までの感覚を思い出す。
やっぱり刀を持つと神牛一刀流に引っ張られて、無駄な力が入っちゃってるのかなぁ……。
まだまだだなぁと首を傾げ、健太郎は事切れた木島の首を斬り飛ばし、それぞれを粘土で包み、持ち帰る。
こうして2人の戦いは、静かに終わりを告げるのであった。
同日、ナインヘッドアジト。執務室—―——。
その部屋だけは異なる力が働き、重々しい空気の膜に閉じ込められていた。天木は革張りの椅子にその身を預け、重厚な造りの机を挟んで天木と同じ迷彩服を着た男たちを4人、横一列に並ばせている。
「木島が死んだ、か……」
天木がその角ばった口を開き、深みと威厳のある声で幹部たちが持ってきた事実を再度唱えた。
「他に損害は」
「ございません……。木島だけです……」
顔の細い男、佐藤が答える。
「そうか……」
その言葉に誰かが唾を飲み込んだ。
「…………」
来るぞ……。
飛んで来るであろう罵声に4人は身構える。しかし—―。
「——いや、良かったな。アイツだけで。借りてる連中がやられたなんてことになれば、俺の首も飛んでだろうな……」
その予想外の穏やかな言葉に4人はホッと胸を撫で下ろす。契約金の半分は支払い済みだが、所詮は外部の人間だ。損失が少なく済んだだけ、マシだと判断したのだろう。そう考えていた。
「————なんて言うかと思ったか!! ふざけんじゃねぇ!!」
天木の怒声が鼓膜を貫く。4人の顔からサッと血の気が引いていた。
「てめぇら、恥ずかしくねぇのか!! 俺たち、天下のナインヘッドだぞ!! そんな俺たちがたった1人のガキにいいようにやられてんだぞッ!? その意味解ってんのかッ!! アアッ!?」
「…………」
男たちは黙って天木の言葉に耳を傾ける。
「この商売、舐められたら終わりだぞッ!? メンツを潰されてんだよ、メンツをよぉ!! ちったあ危機感持てよッ!! なあッ!!」
怒鳴り散らす天木に3人が恐れおののく内、1人の男が声を上げた。
「————閣下。発言をお許し頂けますでしょうか?」
「…………なんだ、佐伯」
話を遮られ、面白くないと思いながらも爽やかなだが彫りの深い、左目の泣きぼくろが特徴的な男に目を向ける。
「私に作戦があります。明日よりその作戦を実行に移したいのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ、その作戦ってのは。どんな作戦だ。言ってみろ」
そんな作戦、ある訳がない。天木の問いに佐伯は薄く口の端を吊り上げた。
「ありがとうございます。作戦は至って単純です。まず袋小路に誘い込み――――」
佐伯の言葉に天木の怒りは徐々に収まっていく。健太郎抹殺計画は次の段階に移行する。




