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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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最後の剣客、藤村健太郎

 あの日から、50年の月日が流れた。


 2075年3月3日、日曜日。天気、快晴。空は高く、雲は1つも見つからない。そんな広大な景色の一部を地面が隆起してできた高さ約50メートルの土の壁が舐める様に覆い隠している。


 『大地の舌』————。巨大地震とともにその身を天へと伸ばし、畏敬の念を集めた自然の造形物は、いつしかこう呼ばれていた。


 この舌に隣接する形で整地され、高さ10メートルの人工壁に囲まれた一画が超能力者と非能力者を区別し、隔離する『能力者専用居住地域』となっている。


 その中でも一際広大な土地を持ち、白壁で囲まれた屋敷に住むのが15歳の少年、藤村健太郎ふじむら けんたろうであった。


「——準備はいい? 健太郎」


 母、香織かおりの声は冷たく、まるで人を切り殺す刃のようだ。声を張り上げている訳ではないようだが、ただ、だだっ広いだけが取り柄の庭に不可視の刃を突き立てている。


 黒い羽織に袴姿の彼女は20代にしか見えず、その長い黒髪も絹のように滑らかで、艶やかだ。肌は新雪の如く透き通り、瞳は鋭く、すらりと立つその様相はまさに日本画から抜け出してきた雪の妖怪そのものであった。


「いつでもいけるよ!」


 明るく答える彼は彼女とは正反対に現代的な、特殊部隊員が身に着けているような黒い戦闘服を着用している。その体は幼少の頃より鍛え抜かれていた為か、まさに剣豪——。そう呼ぶに相応しい恵まれた体格を有している。


 身長、180センチ。太い首、広い肩幅。剛腕、豪傑との呼び名が不遜ではないことを全身の筋肉が物語っている。


 髪は側面を刈り上げ、黒く短い。その髪をワックスでいじり、整った顔立ちは清潔感に溢れていた。


 健太郎はこれから『ハンター』となり壁の外へと働きに出る為、試験官である母親に勝たなければなかった。緊張どころの話ではない。『夜鶴やかく』と呼ばれ、恐れられる存在になんとかして勝たなければならないのである。にも関わらず、その未来がまったく見えなかった。


 ホントなんで母さんなんだよ……。


 それでも彼は壁を越え、自由を手に入れたかった。


「————それじゃあ、始めようか……」


 これが試験でなければ健太郎は既に斬られているか、『影』に飲み込まれていただろう。


 2人が向き合う5メートルの距離は、彼女の能力効果範囲内だ。異能も、我流剣術『神牛一刀流』の練度も才能だけでは越えられない壁として健太郎の前に立ちふさがっている。


 香織は左手に握った漆黒の鞘からゆっくりと、刃渡り60センチほどの黒刀を引き抜く。それと同時に彼女の左隣に黒い人型の影が地面からぐにゃりと現れる。これに一撃を入れることが健太郎の勝利条件だ。


 彼女の振るう刀の名は『黒揚羽くろあげは』。元は鋼色の刀身であったが、彼女の『気』を纏い続けた結果、漆黒へと変貌した。


 オシッ!! やるかっ!!


 健太郎も軽く握った右の手の平から白い粘土のような物を飛び出させると、瞬時に母と同じ長さの刀へと、その形を整える。彼の能力は様々なものを『包み』、『造り』、『収縮』させることができるのだ。


「…………」

 

 気温が一気に5度は下がり、凍てつく寒さが見えない鉄の棘となって、全身を情け容赦なく突き刺してくる。


 健太郎は右手をそっと鍔元に添え、左手で柄を軽く握り締めた。構えは正眼。切っ先を母親の喉元へと向ける。反対に香織は切っ先を地面に向けたままだ。


 神牛一刀流…………。


 来るッ!!


 先に動いたのは香織であった。目の前に母親が現れる。健太郎が瞬きをした瞬間を見逃さず、香織は5メートルの間合いを一瞬の内に詰めてきた。


 いつの間にか構えは、刀身を左肩越しに担ぐように構える肩越し構え。踏み込む足の音も、殺意も、気も完全に抑えられていた。


 稲妻斬り—―――——。


 彼女はそのまま首を狙って刀を振るう。目にも止まらぬ速さで首を斬り落とす。これが稲妻斬りの神髄だ。


 クソッ!!


 健太郎は既に気を足へと籠め、移動の体制に入っている。

 

 もちろん読まれているであろうが、歴戦の猛者と真正面から殺り合うなんて愚の骨頂と、短期決戦狙いで行く。


 速さなら俺だって……!!


 負けてはいない筈、と自然と刀を握る手に力が入る。


 稲妻飛びッ!!


 後悔する暇などない。健太郎は急ぎ、消えるように地面を蹴り上げると、まずは左側へ移動し、母の攻撃を回避する。


 よしッ!!


 なんとか避けれたと喜んだのも束の間、香織は空を切った刀を流れるように切っ先を健太郎に、右脇腹へと刀を収めた。


 マズイッ!!


 稲妻突き—―——。


 グッ……!! 


 放たれた稲妻は健太郎の右上腕部を捉える。右足の踏み込みとともに放たれた稲妻は、まるで雷を帯びた龍の如く宙を駆け、その爪で獲物を斬り裂く。


 避け切れず、負傷したことを脳が捉え、鋭い痛みが全身を駆け巡る。無様に転がり、思わず足を止めそうになる中、健太郎は殆ど無意識の内に神牛一刀流、つまりは母の教えの通り足を止めず、地面に伏したまま稲妻飛びで影に向かって姿を消した。


 貰ったッ!!


 —―—―甘い。


 香織はすかさず下から上へと、刀を斜めに振るう。


 稲妻飛ばし――——。半月状の刃を飛ばす技。放たれた刃は姿を現した健太郎に襲い掛かる。


 マジかよ!!


 上がらない右腕。柄を握った左腕を上げた状態で現れた健太郎は無数にある避け方の中から反射的に技の相殺を選んだ。


 稲妻飛ばし!!


 衝突した半月は爆炎とともに霧散し、衝撃波を円状にもたらす。


 ウッ……!!


 近くにいた健太郎は吹き飛び、再び地面に転がされてしまう。しかしそれを利用し、自身の能力で地面へと潜り込んだ。


「…………」


 何を考えている……。


 しかし、じっくり思案している暇はない。香織は刀を上段に振り上げ、最後の神牛一刀流の技を繰り出す。


 稲妻落とし—―——。


 通常は上段から対象の正中線に沿って真っ二つにする技も達人ともなれば地面を叩き割る技へと変貌する。放たれた気は四方へ走り、平らな地面は地中深くまで一気に崩壊。リヒテンベルク図形を描く。


 力技かよ!!


 地中から影を狙おうとしていた健太郎の目論見は阻止され、さらには無理やり掘り起こされ、その身を母親の前に晒されてしまった。


 本当に息を継ぐ暇も与えない。これが神牛一刀流の恐ろしさでもあった。


 逃げ—―——。


 るよりも先に突き技が健太郎の動きを止めに入る。


「ウッ――。アアッ!!」


 刃は左の肺を貫き、そのまま体を地面に縫い付けた。


「降参しなさい、健太郎。今の実力じゃ、まだ私には勝てないよ」


「…………」


 クソッ……。なんなんだよ、まったく……。


 香織は事実を冷たく言い放つ。見上げる母の姿は、余りにも圧倒的な強者であった。


「ハァ……。ハァ……。ハァ……」


 負けを認めろ? 冗談じゃねぇ!! 俺はまだ負けてねェ!!


 秘策はあんだよ!! とボロボロになりながらも未だ希望を灯した目で母を睨み、笑みを浮かべる余裕がそこにはある。


「……」


「アアアアアアーーーッ!!」


 親子の情を捨て、試験官に徹する香織はその心をへし折ろうと刀を左へと捻り、深い傷口をわざと広げた。痛みが邪魔をし、能力が上手く使えなくなる。その証拠に白い刀は形を保てず液体となり、手元に歪な円を描いた。


 チクショウ…………。負ける……? 負けるのか……?


 敗北の2文字が頭の中を過ぎる。あと一歩。あと一歩が遠すぎる。


「降参しなさい」


 母の顔はもうよく見えない。視界がぼやけてきた。止血する暇のなかった右腕の傷がここに来て致命傷となる。


「————や……、やだね」


「……」


 健太郎は肺が動く度に飛びそうになる意識をなんとか堪え、僅かでも口角を上げて見せた。


「か…………。か…………」


 勝つのは、俺だ。


 もう声を出すことさえできなくなっていたが、この状況でもまだ、健太郎は諦めてはいなかった。それどころか勝利へと着実に近づいている。


 気付くなよ……。


「……」


 何かまだ隠しているな……。


 健太郎の能力を考えれば傷を負っているとはいえ、動けない現状は好都合だ。

 

 ————なるほど。地中を粘土が走っているのか。


 周囲の気を探ると、確かに地中を針金のように細い粘土が人形に向かって伸びている。形が崩れたこと利用し、気付かれないよう細く、細く、左手から粘土を伸ばしているのだ。


 転んでもただでは起きない。なるほど。いい判断だ。


 勝利への執念はもちろんのこと、目まぐるしく変わる状況に対する判断力と適応能力。通常であれば十分合格ラインであった。だが、いずれは藤村の名を背負い、民衆をまとめなくてはならない彼には、まだまだ厳しい試練を与えなくてはならない。香織はそう考える。


「……」


 彼女は健太郎から目を離さず、右足で地面を軽く踏み鳴らす。すると、黒い人形の傍で爆発が起こる。香織の気が地中を走り、健太郎の粘土を消し飛ばしたのだ。


「……………………」


 マジかよ…………。


 終わった—―——。


 そこで健太郎の意識は途切れる。


「はぁ」


 駄目だったか。


 少し厳し過ぎたか? などと思わなくもないが、この地域の平和と安定には有無を言わさぬ、圧倒的なまでの力が必要なのだ。藤村家の人間である以上、情け容赦は許されない。


 来年は私じゃないといいね。


 そんな親の顔を見せた瞬間、1本の白い矢が人形の頭を撃ち抜いた。


 誰だ!!


 周囲には誰もいない。


 まさか!!


 1キロメートル先。この壁の向こう側にある廃屋となったビルの屋上から健太郎の作った粘土の弓を携えた少女が1人、悲し気な表情を浮かべている。


「お、当たった。流石だねェ」


 少女に話し掛けたのは父、和人かずとだ。彼もまた試験官として右隣の彼女、白雲八重しらくも やえのテストを行っていた。


「それじゃあ早く帰りましょう」


 早く健太郎を治さなくちゃ。


 そんな思いに駆られ、八重は屋上から躊躇いなく飛び降りる。


「若いねェ」


 羨ましいよ。


 そんな無駄口を叩きながらも確かに息子が心配だと和人も後に続いた。


「はぁ…………。あんたって子は」


 まったく……。よくこんなことを思い付く。


 息子が無事合格し、ハンターとしての第一歩を踏み出せたことを親として、心の底から安堵する。


 大きくなったね。私の負けだよ。


 聞こえはしないだろうが、口には出さなかった。


 いま私の影に仕舞うからね。


 香織の足元から伸びた黒い異次元空間は健太郎を飲み込み、その時を止める。これで八重と合流すれば健太郎の傷は一安心だ。


「…………」


 意識を失いながらもその勝利を確信しているのか。健太郎は笑みを浮かべ、穏やかに母の影へと飲み込まれていった。

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