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6話「魔導障壁の危機」

 季節は春から初夏へ移ろいつつあった。

 辺境の砦にもようやく柔らかな陽光が差し込み、訓練場では兵士たちの笑い声が風に乗って響いていた。


 私は最近、砦内で少しずつ「居場所」を感じるようになっていた。


 昼休みには、書庫でユーリとリリィと一緒に古代魔道書を読み解く時間が日課となった。

 ユーリは難解な古文書の断片を解き明かし、リリィは憧れの魔法に向かって日々努力を重ねている。

 二人と机を囲むひとときは、私にとって心安らぐ大切な時間だった。


 


 だが、その静けさは、唐突に破られた。


 


 * * *


 


 その日の午後。私はいつものように、倉庫の棚卸しをしていた。


 外では、風に乗って草花の香りが流れ込んでくる。ふと、どこか不穏な空気を感じた瞬間だった。


 


 ――突如、砦中に警鐘が鳴り響いた。


 


「魔導障壁が、異常です!」


 走ってきた兵士が、叫ぶように告げる。


「急げ! 全班配置につけ! 修理班はすぐに障壁制御室へ!」


 怒号が飛び交い、兵士たちが走り出す。


 私はとっさに現場へと足を向けた。


 


 魔導障壁――それは砦全体を守る巨大な防御結界。

 これが破られれば、魔獣や敵対勢力の侵入を許してしまう。


 


 制御室前には、すでに修理班の魔術士や技術兵たちが集まっていた。


「魔核が沈黙している……なぜだ!?」

「さっきまで安定していたのに、突然……」

「供給経路に異常はないはずだ」


 皆が口々に叫び、額に汗を浮かべている。


 私は、制御装置の外側にそっと手をかざした。


(……おかしい。魔力の流れが、何かに引き裂かれている……)


 


 そこへカイラス司令官が現れた。


「ノクティア、現状を報告しろ」


「はい。魔導障壁の制御核が完全に沈黙しています。魔力の流れが途中で断ち切られて……まるで、外部から何か強い力で“遮断”されたような」


「修理班は?」


「対応中ですが、原因が掴めていません!」


 


 カイラスは一瞬だけ考え、私に視線を向けた。


「ノクティア。お前なら何かわかるか?」


 


 一瞬、周囲の兵士たちが私を疑わしげに見た。だがカイラスは、その目に信頼と期待の色をにじませている。


「やれることは試してみます」


 


 私は制御核にそっと手を置いた。


 心の奥で、小さく古代語の呪文を唱える。


「《理路開示リル・オープン》……」


 


 制御核内部に入り込む、微細な“魔力の揺れ”。

 私は意識を深く集中し、数百年前の古代魔術――“魔力回路の解析法”を用いる。


(……これは、単なる故障じゃない。外部から強力な妨害魔法が仕掛けられている)


 


「ここに、“逆流陣”の痕跡があります。魔力の流れが本来と逆方向にねじ曲げられています」


「なんだって!? そんな高度な妨害ができる奴が、この辺境に……」


「やれることはあります。少し時間をください」


 


 私は制御盤の脇に腰を下ろし、魔導障壁の“根本回路”に魔力を注ぎ込んだ。


 慎重に、しかし迅速に呪文を紡いでいく。


「《回路修復サーキット・リペア》……」


 魔力の糸が複雑に絡み合う結界網を少しずつほぐし、正しい流れに誘導する。


 


 隣で見守るユーリが、そっと囁いた。


「……ノクティアさん、本当に大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。少し古い構造だけど、理論は共通しているから」


 


 私は魔核の奥深くに、強烈な“異質の魔力”を感じ取った。


 ――外部から送り込まれた妨害呪詛。

 これは王都の魔術師でも対応が難しい、特殊な術式だ。


(このままじゃ、砦は無防備になる……)


 


 私は小声で、古代語による“逆流解除”の呪文を唱え始めた。


「《逆理逆転ギャク・リ・リバース》……!」


 


 途端に、魔核の内部で激しい光が爆ぜる。


「な、なんだ!?」

「眩しい……!」


 


 だが私は恐れずに魔力をさらに注ぎ込む。

 まるで結界が悲鳴を上げるような振動が、指先から腕、全身に伝わる。


 ここで怯んでは、何も守れない――

 私は心の中で強く念じる。


(“誰かのために”、この力を使う。私だけにしかできない魔法で、砦を救う!)


 


 強く深呼吸し、最後の呪文を響かせる。


「《再生の円環リジェネ・サークル》!」


 


 魔核の中心部に柔らかな光が生まれ、絡み合った魔力の乱れが次第に整っていく。


 異質な呪詛の残滓を、私の魔力で包み込み、再構築する――


 


「回路が、回復していく……」

「障壁が復活してる!」

「魔力供給、正常です!」


 


 兵士たちの歓声が、狭い制御室いっぱいに広がった。


 外壁に設置された魔導障壁も、青白い光を取り戻し、再び砦を包み込んでいく。


 


「……ノクティア、どうやった?」


 カイラスが、低く問いかける。


「たまたま古い魔道書で似たような症例を読んだことがありました。逆流陣の解除方法を応用してみたんです」


 


 私はできるだけ平静を装い、いつものように答えた。


 


「だが、お前の手際は常人離れしていた。……王都でも、ここまで迅速に対応できる魔術師は多くない」


「ただ、今回は運が良かっただけです。魔核の構造が古代型だったのも幸いでした」


 


 カイラスはしばし私を見つめていたが、やがて微かに頷いた。


「……助かった。よくやったな」


 


 私は深く礼をして、その場を離れた。


 


 * * *


 


 その日の夕方、食堂では兵士たちの会話が活気を帯びていた。


「障壁が崩れたときは本当に終わりだと思ったよ」

「でもノクティアさんがなんとかしてくれたんだろ?」

「すごいよな、あの人。王都じゃ“無能”って聞いてたけど……実は違うのかもな」


 


 リリィがそっと私の隣に座り、小さな声で囁く。


「ノクティアさん、やっぱりすごい……私、もっとがんばりたいって思える」


「ありがとう、リリィ。でも、私たち三人の力があったからよ」


 リリィは素直に頷き、明るい笑顔を向けてくれる。


 


 ユーリは、修理班の報告書を持ってきて私の机にそっと置いた。


「今回の障壁の異常、原因を調べてみたんだ。やっぱり外部からの妨害魔法だったみたいだよ。敵が近くまで来ていたのかもしれない」


「ありがとう、ユーリ。……私も、今後はより警戒を強めるべきだと感じているわ」


 


 カイラス司令官もまた、全員の前で簡潔に告げた。


「今回の障壁崩壊は、外部からの強力な妨害によるものだった。だが、我々はそれを乗り越えた。今後も油断せず、防衛を強化する」


 


 砦内に緊張は残ったが、

 魔導障壁の再構築を成し遂げたことで、士気が明らかに高まっていた。


 


 私は静かに、書庫の机で魔道書を広げる。


(……私の“本当の力”はまだ秘密。でも、こうして誰かの役に立てたことが、嬉しい)


 これからも、この砦で――新たな仲間とともに、

 私は静かに、自分のやり方で歩み続けようと心に決めていた。

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