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5話「古代魔道書と新たな仲間」

 春の陽光がわずかに差し込む昼下がり。

 私は砦の書庫に足を踏み入れていた。


 ここに通うのは、初めてではない。けれど今日の私は、何かに導かれるような気持ちで扉を押した。


 


 書庫は砦の一角、目立たぬ場所にある。

 石造りの廊下を曲がった先、小さな扉。中に入ると、ひんやりとした空気と、わずかに乾いた古文書の香りが鼻をくすぐる。


 木の棚には、戦時の記録や軍規則だけでなく、魔法に関する書物も混じっていた。

 辺境の砦にしては珍しいほどの蔵書量だ。けれど、その多くは埃を被り、長い間誰にも読まれていない様子だった。


 


(カイラス司令官も、たまにこの場所を訪れているようだけど……私の知る“王都の図書館”とは、まるで違う静けさ)


 私は棚の間を歩きながら、ゆっくりと本の背表紙を指でなぞった。


 


 そのとき、不意に足元に積まれた箱に躓き、バランスを崩しそうになった。


「おっと、ごめんなさい――!」


 慌てて身を支えると、すぐ近くに一人の青年がしゃがみ込んでいた。

 淡い茶色の髪に、控えめな眼鏡。砦の制服を着ているが、胸元には書庫管理者を示す銀色のピンが光っている。


 


「あ、えっと……ごめん、ちょっと整理に夢中になってて」


 青年は照れくさそうに頭を掻きながら立ち上がった。


「……あなたが、ここを管理しているの?」


「うん。僕はユーリ・ファレン。書庫番の仕事をしてる。君が……新しい魔道補佐のノクティアさん?」


「そうです。ノクティア・エルヴァーンです」


 


 ユーリは人懐こい微笑みを見せた。

 先ほどまで無造作に置かれていた本の束を抱えて、きちんと棚に戻し始める。


 


「こんな辺境で本なんて……退屈じゃない?」


「本は、時を越えて誰かの知恵を残してくれる。僕はこういう静かな場所の方が落ち着くんだ」


 彼は目を細めて、愛おしそうに蔵書の背表紙を撫でる。


「それに、この砦には王都にはない珍しい古文書がいくつもある。……たとえば、これとか」


 そう言って差し出されたのは、深緑色の厚い装丁。表紙には古代文字でタイトルが刻まれていた。


 


「“アークリア王朝 秘伝魔道書”……?」


「そう! たまたま兵士の誰かが倉庫の奥から持ち込んできてね。僕もまだ中身をちゃんとは読めていないんだ」


 ユーリは少し興奮気味にページを繰る。


「ここの部分、普通の王国語に似てるんだけど、独特の語順が混ざってる。古代方言かな……ノクティアさん、読めたりする?」


 


 私はそのページを覗き込んだ。


 ――驚いた。これは、王都でも極一部の学者しか知らない“古代語の派生形”だ。


(ここに、まだこんな資料が残っていたなんて)


 胸の奥がわずかに熱くなる。私はさりげなく、一行ずつ声に出さず読み解きながら、意味を頭の中で整理した。


 


「……この部分は、“循環の理”について書いてあるみたいです。魔力を一度に使い切らず、陣を重ねて再利用する原理ですね」


「本当だ……すごいな。僕は単語の意味を調べるのに半日もかかるのに、ノクティアさんは一瞬で……」


 ユーリの目がきらりと輝く。


 


 そのとき、書庫の奥から小さな足音が聞こえてきた。

 振り向くと、ひとりの少女がそっと扉の隙間から顔をのぞかせている。


 


「あの、ここ……入っても、いいですか?」


 透き通るような金髪を肩の後ろで束ね、澄んだ青い目を持つ少女。

 彼女は初めて見る顔だったが、砦の制服を身にまとい、裾がほんの少し汚れている。


 


「あら、こんにちは。あなたも本が好きなの?」


「はい……あの、わたしリリィです。最近、補佐見習いとして配属されて。魔法のこと、もっと知りたくて……」


 少女――リリィは恥ずかしそうに視線を落とす。


「魔法使いになりたいの。大きな魔法を使って、みんなを守れる人になりたくて……」


 


 その言葉に、私はどこか昔の自分を重ねてしまう。


「だったら、この本、一緒に読んでみましょうか」


 私は自然な笑顔で提案した。


「ほんとに? やった!」


 


 ユーリも「歓迎だよ」と優しく微笑み、リリィはぱっと顔を明るくする。


 こうして、思いがけず三人での読書会が始まった。


 


* * *


 


 それからというもの、私は毎日のように昼休みや雑務の合間を縫って書庫に通うようになった。


 ユーリは古文書の解読にめっぽう強く、膨大な記録や資料から必要な知識を見つけ出してくれる。

 一方のリリィは呪文や魔法陣の図案を見ては「どうしてこの形なんですか?」と純粋に疑問をぶつけてくる。


 私はできるだけ自然に、しかし正体が露呈しない範囲で、自分の知識を二人に伝えた。


 


「“循環の理”は、ただ魔力を溜めて使うだけじゃなくて……こうやって、二つの陣を重ねて書くと、少ない魔力でも大きな力になるのよ」


「へぇ……そんな方法があるんだ。王都でも教えてもらえなかった」


「じゃあ、僕たちも練習してみよう!」


 


 私は、砦の古びた羊皮紙に、できるだけ簡単な“魔力強化の符”を書き写して渡した。


 リリィが夢中になって何度も練習し、ユーリが補足の文献を見つけては知識を補強してくれる。

 気がつけば、三人で机を囲むのが日課になっていた。


 


 リリィは子どもっぽい笑顔を見せながらも、ときおり真剣な表情で呪文を唱えようとする。


「ねえノクティアさん、どうして魔法って難しいんですか?」


「それはね……“難しい”と感じるのは、自分の中に眠る力をまだ知らないからよ。誰でも、きっかけさえあればきっと変われる」


「そっか……。ノクティアさんみたいに、私も自分だけの魔法を見つけたいな」


 


 ふと、ユーリが静かに口を開いた。


「ノクティアさん……王都でも、こうやって誰かに教えたりしてたの?」


「……いいえ、私はずっと“無能”だと思われてきたから」


「そんなわけないよ。君の知識や魔法の感覚は、普通じゃない。……もし良かったら、これからも一緒に本を読んだり、色々教えてくれないかな」


「もちろん。私もまだまだ学びたいことはたくさんあるわ」


 


 ユーリは嬉しそうに頷き、リリィは満面の笑みで私の手をぎゅっと握る。


 


* * *


 


 ある日、書庫の片隅でリリィがふと小声で言った。


「あのね……わたし、王都にいたころ、ずっと『魔法の才能がない』って言われてたの。こっちでも、誰にも期待されてなくて」


「リリィ……」


「でも、ノクティアさんとユーリさんに出会って、“がんばってみたい”って思えたの」


 


 私は、彼女の手を静かに包み込む。


「誰かに否定されても、あなた自身が自分のことを信じてあげて。……私は、あなたの努力をちゃんと見ているから」


 


 その言葉に、リリィの瞳が涙で潤む。


「ありがとう、ノクティアさん……私、がんばる!」


 


 こうして三人の間に、小さな絆が生まれた。


 


* * *


 


 書庫の外に出ると、春の日差しが優しく降り注いでいた。


 ふと、廊下の窓から外を見下ろすと、兵士たちが訓練場で魔法演習に汗を流している。

 いつのまにか、彼らの中にも「ノクティアさんに相談してみよう」と声をかけてくれる者が増えてきた。


 


「最近、砦の雰囲気が少し柔らかくなった気がする」

「新しい魔道補佐、見かけによらず頼りになるな」

「リリィも、なんだか明るくなったよな」


 


 そんな噂話を、廊下の影でふと耳にする。


 私は目立たぬよう静かに歩きながらも、心の奥でほんの少しだけ誇らしさを感じていた。


(……でも、まだ油断はできない。私の“本当の力”は、この場所でも秘密のまま)


 けれど今は、“仲間”と呼べる存在ができたことが、何よりの支えだった。


 


 新たな絆とともに、砦での日々は静かに、しかし確実に変わり始めていた。

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