18話「運命の魔女」
“絶望と奇跡の大戦”が終わったと誰もが思ったその時、
空にはまだ不穏な光が残っていた。
砦の防壁は再生し、負傷者もノクティアの魔法で癒やされつつあった。
だが、敵軍の指揮官はまだ諦めていなかった。
「……魔女だ、あの女は――!」
敵軍の誰かがそう叫んだ。
その声は、夜明けの空を切り裂く雷鳴のように戦場に広がった。
「ノクティアさん……?」
リリィが、怯えを隠せない瞳でノクティアを見つめる。
ユーリもフィンも、目を見開き、言葉を失っていた。
ノクティアは自分の両手に残る金色の魔力の余韻を見下ろした。
(……もう、隠せない。私は……)
次の瞬間、再び空がうねり、砦の上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
それは先ほどノクティアが発動したものより、さらに禍々しい輝きを持っていた。
「魔力が……暴走している!」
ユーリが叫ぶ。
ノクティアの体から、抑えきれないほどの膨大な魔力がほとばしる。
指先、髪の先、全身のすみずみまでが眩い光とともに灼けるように熱い。
(止まらない――どうして?)
ノクティアは必死に魔力を制御しようとするが、暴走は止まらない。
――意識の奥で、幼い頃に何度も聞いた“伝説”の声が蘇る。
『おまえの中には、世界を変える“力”が眠っている――』
『その力は、人々を救うことも、滅ぼすこともできる……』
かつて、王都の古い魔道士たちがささやいていた言葉。
「この子は、“運命の魔女”の血を引いている」
「いずれ世界を揺るがすかもしれない。だから恐れられ、疎まれて……」
――“運命の魔女”、それは太古の大戦で世界を救ったと言われる伝説の魔女の末裔。
だが、同時に世界を滅ぼしかけた“災厄”の血でもあった。
「ノクティア……本当なのか」
カイラスが、血の気の引いた顔でつぶやく。
ノクティアは、仲間たち全員の視線を感じた。
恐怖、驚き、戸惑い――
そのすべてが一瞬、彼女の心を深く貫いた。
(私が……私がみんなを傷つけるかもしれない……)
砦の空に浮かぶ魔法陣が、ゆっくりと砦全体を包み込んでいく。
金色の光は次第に赤みを帯び、やがて不吉な漆黒へと変わろうとしていた。
ノクティアの視界は滲み、足元の地面が揺らぐ。
(だめだ――私が、私が……!)
その時。
「ノクティア!」
カイラスの声が響いた。
「ノクティア! お前はもう、一人じゃない!」
リリィが叫ぶ。
「一緒にいるって、約束したじゃないか!」
ユーリが、必死に手を伸ばす。
「……ノクティアさん、僕たちの仲間だよ!」
フィンも、震えながらも強く叫ぶ。
――その声のすべてが、ノクティアの胸に響いた。
幼い頃、王都で疎まれ、家族にも遠ざけられていた記憶。
“特別”な血を恐れ、誰にも心を開けなかったあの日々。
けれど――今は違う。
(私は、一人じゃない……)
カイラスが、ノクティアの肩を強く抱きしめる。
「頼ってくれ、ノクティア。俺たちは、お前の“力”ごと全部受け止める。
それが仲間ってものだろう?」
ノクティアの全身から噴き出していた魔力が、静かに収束し始めた。
光の奔流が、ゆっくりと穏やかに空へと舞い上がる。
リリィがノクティアの手を握る。
「もう、怖がらないで。ノクティアさんがどんな人でも、私は大好きです!」
ユーリもフィンも、兵士たちも、
皆が輪になってノクティアを囲み、まっすぐに彼女を見つめる。
ノクティアは初めて、“運命の魔女”の血を、
“災厄”ではなく、“奇跡”に変えられるかもしれないと感じた。
やがて、魔法陣は完全に消え、夜明けの静寂が砦を包む。
ノクティアは大きく息をつき、まなざしを空に向けた。
「ありがとう、みんな……私は、もう逃げない」
仲間たちの手を握りしめながら、ノクティアは強く誓った。
――自分は一人じゃない。
どんな力を持っていようと、守るべき場所がここにある。
そうして、ノクティアは“運命の魔女”として、
新たな自信と覚悟を胸に刻んだのだった。