17話「絶望と奇跡の大戦」
夜が明けきらぬうちに、グランツ砦の見張り塔が緊急警鐘を打ち鳴らした。
「敵軍、東と南西の森に大集結! 魔獣の群れも確認!」
緊張に包まれた砦が一気に戦闘態勢に入る。
全兵士が武装し、魔道障壁の制御班が慌ただしく走り回る。
空はまだ重い曇りのまま、ただ時折、稲妻が遠くの森を照らした。
「いよいよ来たか――」
カイラス司令官の静かな声が作戦室に響く。
私は深呼吸し、指揮官席の脇に立った。
全身の神経が張り詰め、胸の奥が強く脈打つ。
(負けない。絶対に――)
* * *
敵軍は想像以上の規模だった。
王都から送り込まれた精鋭騎士団、黒衣の魔術師たち、そして森の奥から現れる異形の魔獣軍――
砦を取り囲む黒い波は、まるで大地そのものが襲いかかってくるかのようだった。
「障壁に激しい魔力衝撃! 東壁の外側で爆発!」
「南門、魔獣の群れが突入を開始――!」
兵士たちの悲鳴と怒号、矢の飛び交う音、地響きのような魔獣の咆哮――
混乱と恐怖が砦全体を支配しようとする。
私は魔導障壁の制御室に駆け込み、
回路に手を触れながら呪文を唱える。
「《循環再生》……お願い、持ちこたえて――!」
障壁は幾度も歪み、ヒビが入り、次々に魔力を食い潰されていく。
私は必死に魔力を注ぎ込み、砦の壁を何度も修復した。
しかし、敵はそれを上回る勢いで攻めてくる。
魔術師団の火球が石壁を焼き、魔獣が跳躍して防御柵を破壊する。
東門の内側では、すでに数人の兵士が倒れていた。
「ノクティアさん、危ない!」
リリィの悲鳴。振り向くと、巨大な狼型魔獣が駆けてきていた。
私は咄嗟に手を掲げる。
「《光縛の鎖》!」
黄金色の光の鎖が魔獣の脚を絡め取り、その動きを止めた。
その隙に兵士たちが矢を放ち、なんとか撃退する。
「大丈夫?」「ありがとう、ノクティアさん!」
リリィやユーリ、フィンも必死に戦っている。
だが、敵の数は減るどころか、ますます膨れ上がっていくようだった。
* * *
正門ではカイラス司令官が自ら剣を振るい、敵兵と斬り結んでいた。
彼の背中は傷だらけだが、鋼のごとき意志が全身から伝わってくる。
「諦めるな! 最後まで持ち場を守れ!」
兵士たちも声を張り上げ、戦い続けた。
しかし、その声も次第にかき消されていく。
――敵の新たな魔術師団が、砦の北壁に巨大な破壊魔法を展開しはじめた。
「魔力遮断陣だ……これ以上は、現代魔術じゃ持たない……」
私は歯を食いしばった。
(ここで私が“本当の力”を使わなければ、全員が――)
胸の奥に封じてきた古代魔術の記憶。
王都で“規格外”と恐れられ、隠し続けてきた自分の“正体”。
(……もう迷わない)
私は砦の中心に立ち、深く息を吸った。
「皆、私の合図で下がって――!」
全員が戸惑う中、私は静かに詠唱を始める。
「《古代の理――時を超えし再生の環》」
空気が震え、砦全体を覆うように膨大な魔力が集まっていく。
仲間たちが驚き、敵軍さえも動きを止めて私を見つめていた。
私の記憶が一気にあふれ出す。
――王都で“無能”と呼ばれた日々。
――誰にも頼らず、一人で古代魔術の研究を続けていた孤独な夜。
――グランツ砦で出会った大切な仲間たち。
私は、静かに自分の弱さを認めた。
怖かった。裏切られることも、誰かに必要とされなくなることも。
でも、今の私は違う。
この砦で得た絆――それが、私を強くしてくれた。
「私は、“ただの令嬢”じゃない! 仲間と共に戦う、魔術師ノクティア・エルヴァーンだ!」
解放された魔力が、金色の奔流となって砦全体を包み込む。
崩れかけた障壁が再生し、負傷兵の傷が癒やされていく。
砦の空に巨大な魔法陣が浮かび、敵軍と魔獣軍を一気に後退させる。
「な、なんだこの魔法は……!」
敵の指揮官が震える声を上げる。
私は最後の力を振り絞り、両手を高く掲げた。
「《理滅の閃光》!」
空が裂けるような白光が砦の前に走り、敵軍と魔獣の中心に突き刺さる。
膨大な魔力の奔流が全てを呑み込み、戦場を一瞬にして沈黙させた。
私は膝をつき、呼吸を整えた。
しかし、仲間たちの声が、すぐそばにあった。
「ノクティアさん……すごい……!」
リリィが涙を浮かべて駆け寄り、ユーリとフィンも必死に私を支えた。
「ありがとう、ノクティアさん。あなたがいなければ、皆もう……」
カイラス司令官が静かに私の肩に手を置いた。
「……よくやった。お前は、もう誰よりも強い“砦の誇り”だ」
砦の上空には、夜明けの光が射し始めていた。
絶望と恐怖の中で、私は本当の自分と向き合い、限界を超えて仲間たちを守ることができた。
この絆と奇跡の力で、グランツ砦は――ついに運命の夜を乗り越えたのだった。