15話「裏切りと真実」
新たな決意と仲間の誓いが満ちた翌朝。
グランツ砦の空気は、これまでにないほど一体感に包まれていた。
夜明けとともに中庭では兵士たちが笑い合い、書庫ではユーリとリリィが新しい魔道具の検証に夢中になっていた。
フィンは訓練場で後輩兵士に剣術を教え、皆が少しずつ自信を取り戻していた。
だがその平和は、ある“報告”によってあっけなく破られることとなる。
* * *
昼前、作戦室に緊迫した空気が流れた。
「カイラス司令官! ……物資庫の管理記録が改ざんされています!」
報告に駆け込んだ兵士の手は震えていた。
「しかも、昨夜から今朝にかけて、外部と連絡を取った形跡が――」
作戦室の空気が凍る。
砦の機密が何者かによって外部へ漏らされた……その事実は、砦の安全だけでなく、これまで築き上げてきた信頼さえも揺るがしかねない。
「内部に裏切り者がいる、ということか……」
カイラスは静かに全員に目を走らせる。
「この砦にいる誰もが容疑者となる。だが、冤罪も絶対に生まれてはならない。慎重に調査する」
私――ノクティア・エルヴァーンは、仲間の不安そうな顔を見つめながら強く思った。
(私たちは、ただ“敵”と戦っているだけじゃない。
本当に大切なのは、仲間同士の信頼なんだ)
私は、これまで王都で学び、実験室で磨いてきた“真実を見抜く古代魔術”――《真視の眼》の術式を思い出す。
もはや、力を隠す理由はない。砦のため、そして仲間たちのために――
* * *
その日の午後、カイラス司令官の指示で、砦内の関係者全員が食堂に集められた。
「ここにいる全員に話がある」
カイラスは穏やかながらも揺るぎない声で告げた。
「昨夜、砦の機密が何者かによって外部に漏れた。
これを看過することはできない。しかし、冤罪を避けるため、魔道的な“真偽判定”も交えて調査を行う」
仲間たちがざわめき、誰もが不安そうに互いを見やる。
私は皆の前に立ち、深く一礼した。
「私ノクティアが、“真実を見抜く魔術”を用いて、必ず真犯人を明らかにします。
ただし、心にやましいことがなければ何も害はありません。どうか、協力してください」
少し間が空き、ユーリが真っ直ぐに手を挙げる。
「僕は構わない。ノクティアさんの魔術なら、きっと間違いはないはずだ!」
リリィも不安げに、それでも力強くうなずく。
「私も……何も隠してないから、大丈夫です!」
他の兵士たちも、次第に覚悟を決めて席についた。
* * *
私は魔道具で場を清め、魔力を静かに集中させる。
「《真視の眼》――開示」
淡い光が私の瞳を包み、
空間に満ちる“感情の揺らぎ”や“偽りの気配”が、微かな色彩や波紋となって視界に現れる。
私は一人一人に目を向け、静かに語りかけた。
「名前と所属、昨日から今朝までの行動を順番に教えてください」
皆が緊張しながらも順に報告していく。
ユーリ、リリィ、フィン、カイラス――
どの波動にも偽りはなく、誠実な色彩が広がっていた。
しかし、列の後ろ――補給班の下級兵士、ヴァルドという若者の番になった時だった。
「……昨日の夜は物資庫で在庫確認をして、その後、持ち場の見回りを……」
その瞬間、私の視界に“黒い霧”のような波紋が広がった。
(この感触――明らかに“嘘”だ)
私は静かに口を開く。
「ヴァルドさん、あなたの魔道石に残る魔力痕を確認させてください」
彼は一瞬怯え、しかし強がるように胸のポケットから小さな石を差し出した。
私は石に魔力を流し込み、“記憶の波”を読み取る。
――夜闇に紛れ、誰もいない物資庫で何かを探る姿。
そして、小さな鳥型の伝書魔道具に、何かの書付を託す彼の姿――
「……やはり」
私は冷静に皆に告げた。
「裏切り者は、ヴァルドさんです。彼は敵と内通し、砦の機密を伝書魔道具で外部へ流していました」
兵士たちがどよめき、ヴァルドは慌てて立ち上がった。
「違う! 俺は……俺は家族を人質に取られて……!」
その叫びに、一瞬みんなの間に複雑な沈黙が落ちる。
「たしかに、お前は脅されていたのかもしれない。しかし、砦を裏切った事実は変わらない。
この場で償いを受け、今後は正しい道を歩むしかない」
カイラス司令官の静かな声が響いた。
私はヴァルドの肩に手を置き、そっと目を合わせた。
「誰もが弱さを持っている。……でも、ここからやり直すことはできる。
砦のみんなで、あなたの家族も守る方法を考えるから、一人で背負い込まないで」
ヴァルドの瞳に、悔しさと安堵が入り混じった涙が滲んだ。
* * *
事件の一部始終を見届けた仲間たちは、
「誰かを疑う」のではなく、「誰かを支え合う」ためにさらに団結した。
「裏切りは許せない。でも、誰も見捨てたりはしない。俺たちは仲間だ!」
「これからは、もっとお互いを信じよう!」
ユーリもリリィも、フィンも、そして他の兵士たちも――
一人の過ちを“孤立”ではなく、“再生”のきっかけに変えようと心を一つにした。
私は、そんな仲間たちの輪の中に静かに立ち、
砦が“本当の意味で強くなる”瞬間を、胸の奥でしっかりと噛みしめていた。
日が暮れかける砦の空。
どこか新しい温かさが、皆の心に満ちていた。