13話「因縁の激突」
リュゼル王子率いる敵軍が撤退した翌日、グランツ砦には不穏な空気が残っていた。
夜明けとともに、見張り塔の鐘がふたたびけたたましく鳴り響く。
「敵軍、再び進軍! 今度は本格的な包囲です!」
兵士の声が響き、砦内は一気に緊張に包まれる。
私はすぐに軍装を整え、作戦室に駆け込んだ。
「カイラス司令官!」
「全員配置につけ! 東と南の門に敵主力が展開している。魔術師班、障壁維持を最優先だ!」
カイラスの声が低く鋭く響く。
リュゼルの軍は昨日よりさらに規模を増し、重装歩兵に加え、魔術師団や精鋭騎兵まで動員していた。
――全面戦争が始まった。
* * *
敵軍の攻撃は苛烈を極めた。
火矢が空を覆い、魔術師団が雷撃や衝撃波を繰り出す。
砦の外壁には幾度も激しい衝撃が走り、兵士たちは必死に防戦した。
「ノクティアさん、南門の障壁が破られそうです!」
リリィが駆け寄り、息を弾ませる。
「ユーリ、フィン、負傷者の搬送と補給を! リリィは魔力補助をお願い!」
私は魔導障壁の制御室へ駆け込み、回路の乱れを古代魔術で修復する。
「《循環再生――リジェネ・サイクル》!」
私の手から紡がれる青白い魔力の流れが、障壁のヒビを素早く補修し、再び光の壁を砦全体に張り巡らせる。
魔核が脈動し、防御結界が再び高まった。
「障壁、復活! 敵の衝撃波も防げます!」
リリィの声が高らかに響き、兵士たちの士気もわずかに回復する。
だが、敵軍の勢いは止まらない。
リュゼルの号令で魔術師団が砦の東壁へ集中攻撃を始める。
「これほどの魔力……王都の上級魔術師がそろっているのか……」
私は砦の各所に設置した補助魔道具を次々に起動し、魔力の循環を増幅させていく。
「《複写陣展開》」
魔道具が光を放ち、敵の攻撃魔法を分散・減衰させていく。
「ノクティアさん、すごい……!」
ユーリが呆然とつぶやいた。
「大丈夫、絶対に守り切るから!」
私は仲間たちと声を掛け合いながら、砦のあちこちを奔走した。
* * *
激戦は日が傾くまで続いた。
ついに、砦の正門が破られ、敵兵が雪崩れ込んでくる。
「敵兵、城内侵入! 全員迎撃に移れ!」
私は剣を抜き、リリィとユーリ、フィンと共に砦の中央広場へ急行した。
傷ついた兵士たちの中に混じりながら、私は古代魔術で敵兵の武器を無力化し、足止めを繰り返す。
「これ以上、好きにはさせない――!」
その時、広場の中央にリュゼル王子が現れた。
「ノクティア! これが貴様の“居場所”か!」
リュゼルは高らかに叫び、兵士たちの前に立ちはだかる。
「かつての無能令嬢が、辺境の砦で英雄気取りとは――笑わせるな!」
その瞳には、かつて王都で私に浴びせた侮蔑の色がありありと宿っていた。
私は静かに、だが毅然と彼を見返す。
「英雄気取りなんてしていません。私はただ、仲間とこの場所を守りたいだけ。
あなたのように、力や名声のために戦っているわけじゃない」
「戯言を!」
リュゼルは剣を抜き、私に向かって突進してきた。
私は即座に魔道具で防壁を展開し、リュゼルの一撃を受け止める。
「まだそんな奇術に頼るのか。やはり“無能”は変わらんな!」
私は息を整え、静かに古代語を唱えた。
「《重力結界――グラヴィティ・フィールド》!」
足元に陣が浮かび、リュゼルの身体が一瞬沈み込む。
「なっ――!?」
私はさらに詠唱を重ね、光の鎖を空中に編み出した。
「《光縛の鎖――リュミエール・チェイン》!」
リュゼルの剣が空中で弾かれ、彼はバランスを崩す。
「これが、あなたの知らない“私の力”です」
私は一歩踏み出し、リュゼルの真正面に立った。
「あなたはずっと“人を信じること”も、“誰かに頼ること”もできなかった。
だから仲間を見下し、己の力だけを信じた。
でも、私は違う。ここで多くの人と支え合ってきたから、今の私がいるんです!」
リュゼルは悔しげに歯を食いしばる。
「そんな……認めない、俺は……!」
「もう、あなたの“王都”にも、“過去”にも縛られません。
私はここで、仲間と生きていく。あなたがどれだけ否定しようと、私の歩みは止めません!」
兵士たちの間から、拍手と歓声がわき起こる。
「ノクティアさん!」「よく言った!」
リュゼルは剣を拾い、最後の力で私に斬りかかろうとしたが、私は手のひらをかざして静かに言った。
「もうやめて。これ以上、誰も傷つけたくない」
リュゼルの動きがふっと止まる。
彼はしばし呆然と立ち尽くし、やがて力なくその場に膝をついた。
「俺は……何をやってきたんだ……」
私はそっとリュゼルの肩に手を置いた。
「あなたも、きっと変われるわ。過去にとらわれず、誰かと歩むことだってできる」
その言葉に、リュゼルは静かに涙をこぼした。
敵軍はリュゼルの敗北と動揺を受けて撤退し、グランツ砦にはついに平和が戻った。
* * *
夕焼けの砦で、兵士たちや仲間が私のもとに駆け寄る。
「ノクティアさん、本当にすごかった!」
「あなたがいたから、みんな守れた!」
リリィやユーリ、フィンも満面の笑みで私を抱きしめる。
(これが、本当の“居場所”――)
私は温かな涙を拭い、砦の空を見上げた。
もう、誰にも自分の価値を否定させはしない。
仲間とともに歩む道を、胸を張って進んでいこうと心に誓った。