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12話「襲撃者リュゼルの影」

 古代遺跡の発見から数日後。

 グランツ砦は、どこか張り詰めた空気に包まれていた。


 遺跡に残された新しい魔力痕と、刻まれた侵入者の痕跡。

 「敵勢力がこの地を狙っている」――その事実が、砦の全員の胸に重くのしかかっていた。


 


 ある夜明け前。

 見張り塔の鐘が激しく鳴り響き、私ははっとベッドから飛び起きた。


 


「敵襲! 南の丘に敵影多数!」


 兵士たちの叫びが砦中に響き渡る。


 


 急いで軍装に身を包み、私は作戦室に駆け込んだ。


 


「ノクティア、全戦力を南門に展開しろ!」


 カイラス司令官の低い声。

 私たちは即座に配置についた。


 


 外はすでに朝霧に覆われていたが、その向こうにいくつもの人影が浮かび上がっていた。

 槍と盾を構えた敵兵たち。その後ろに、立ち並ぶ黒衣の魔術師団――

 そして、その中心で白馬にまたがる一人の青年。


 


 「まさか……あれは――」


 ユーリが絶句した。


 


 馬上の男は、蒼い瞳に冷徹な光を宿していた。

 かつて私を「無能」と切り捨て、王都で婚約破棄を言い渡した人物――

 第二王子、リュゼル・アーデルハイト。


 


「どうして……リュゼル殿下がここに?」


 リリィが震える声で問う。


 


 私は胸の奥がざわつくのを感じたが、無理やり落ち着かせた。


 


(いまは私情に流されてはいけない。みんなを守らなくちゃ――)


 


 リュゼルは高らかに声を上げる。


 


「グランツ砦の者どもに告げる! 王命により、この地の管理権を“王都直轄”とする。

 抵抗する者はすべて反逆者として討伐する!」


 


 兵士たちがざわめく中、カイラス司令官が静かに応じる。


「ここは辺境警備の最前線だ。王命だろうと、根拠なき侵略には従えない」


 


 リュゼルは鼻で笑うと、部下に手を振った。


「よかろう。ならば力で従わせるまで!」


 


 号令とともに、敵軍が一斉に攻撃を開始した。


 火矢が夜明けの空を焼き、魔術師団の詠唱が轟く。

 砦の防壁には重い衝撃が走り、兵士たちは必死に応戦した。


 


「ユーリ、リリィ、フィン! 負傷者の搬送を頼むわ!」


 私は叫び、即座に魔道障壁の制御室へ向かった。


 


「魔導障壁、中央部で歪み発生! 敵の魔術師が“衝撃波陣”を展開しています!」


 


「ここは私が抑える。みんなは絶対に突破を許さないで!」


 


 私は古代魔術で障壁の流れを強化し、敵の衝撃波を何度も弾き返した。


 砦の兵士たちも必死に踏ん張る。

 リリィとユーリは傷ついた兵士の手当てに走り回り、フィンは武器の補充と後方支援に力を尽くした。


 


 だが、リュゼルの軍は強力だった。

 さすが王都最精鋭の指揮――敵の包囲は徐々に狭まり、ついには砦の一角が突破される。


 


「ノクティア! 東棟に敵兵が!」


 


 私は急ぎ現場へ駆けつけ、回復呪文と防壁の強化を施す。


 その時――


 


「久しいな、ノクティア」


 


 聞き覚えのある声。

 振り向くと、鎧姿のリュゼルが静かに立っていた。


 


「……リュゼル殿下」


 


「まさか、辺境で“これほどの防衛”を成し遂げているのが、かつての“無能令嬢”だとはな。

 何があった? お前は本当にノクティアなのか?」


 


 彼の蒼い瞳は、私を見透かそうとするように鋭かった。


 


「私は今、仲間と砦を守るためにここにいます。それだけです」


「そうか。随分と変わったものだな」


 リュゼルは一歩、間合いを詰める。


 


「王都ではお前を見捨てた者も多いが、私はずっと“観察”してきた。

 お前がこの砦で何を得たのか――教えてくれないか」


 


「……答える義務はありません。今は、砦を守ることが最優先です」


 


 私はわずかに震える拳を握りしめた。

 心の奥に渦巻く過去の痛みと、今ここにある“確かな居場所”への想い。


 


「変わったな、ノクティア。本当に、お前なのか……?」


 


 リュゼルはしつこく食い下がった。

 だが私は、冷静な声で彼を見返す。


 


「私は、もう“誰かの評価”で生きるつもりはありません。ここで得た絆と、守るべき仲間がいる――

 だから、たとえあなたがどんな立場でも、この砦は渡せません」


 


 リュゼルはしばし私を見つめ、やがて薄く笑った。


「……面白い。だが、まだ終わりではない。また会おう、ノクティア」


 


 その言葉を残し、リュゼルは部下をまとめて一旦撤退した。


 


* * *


 


 敵の攻撃は一旦退けられた。

 だが、砦の空気は重苦しいままだった。


 


「王都の第二王子が……なぜここまで執着を?」


「ノクティアさん、もう大丈夫ですか?」


 


 ユーリとリリィ、フィンが心配そうに駆け寄る。


 


「ええ、みんなのおかげで何とか守り切れたわ。……でも、これからはさらに厳しい戦いになるかもしれない」


 


 私は、かつて“無能”と呼ばれた少女が、今や砦と仲間を守る存在へと変わっていることを改めて実感した。


 そしてリュゼル――彼は、私の“変化”に気づき、何かを探ろうとしている。


 


(私の秘密も、そしてこの砦の存在も、もう王都の“影”から逃れられない――)


 


 覚悟と静かな決意を胸に、私は新たな戦いに備えて前を向いた。

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