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1話「無能と婚約破棄された令嬢、辺境へ追放されました」

 「貴様との婚約は、今日限りで破棄する!」


 その言葉が、私――ノクティア・エルヴァーンの人生を一変させた。


 王国第二王子にして、王都一のエリート魔術士・リュゼル殿下は、貴族たちの前でそう宣言した。


 「ノクティアには魔力がない。魔導士としての資質も皆無。これ以上、王家の名を汚すわけにはいかぬ!」


 その場にいた者たちは一斉に私を笑った。


 「お飾りのお嬢様だったのね」「可哀想に。まあ、自業自得よね」

 ささやかれる声が、痛いほど耳に刺さる。


 私はただ、静かに礼をして、その場を去った。


 泣く? わけないじゃない。

 ――だって、本当の私は“無能”なんかじゃないのだから。




 数日後、私は辺境への「左遷辞令」を言い渡された。

 行き先は〈グランツ砦〉――魔物の被害が絶えない、危険地帯。


 王都の人々は私が「幽閉される」とでも思っているのだろう。

 けれど、私はむしろ笑いをこらえていた。


 (辺境――いいじゃない。魔道の実験場にはぴったりだわ)


 私は誰にも言っていない。けれど、本当の私は……


 “魔力計では測れない、古代魔術の使い手”。


 王都では「規格外」として無視されたけれど、力はずっと、私の中で眠っていた。




 そして今、私はグランツ砦の前に立っている。


 門が開き、現れたのは冷たい目をした軍服の男。長身で無駄のない動き。眼光鋭く、威圧感がある。


 「お前が……ノクティア・エルヴァーンか」


 「ええ。今日から魔道補佐として配属されます。よろしくお願いいたします」


 男はしばらく私を見つめたのち、こう言った。


 「俺はこの砦の司令官、カイラス・ヴァルドレン。ここでは無能は死ぬ。覚えておけ」


 ……ええ、重々承知よ。


 むしろ、試してくれるならありがたい。


 だって、私はもう――“ただの令嬢”じゃないのだから。




 グランツ砦は、噂通りの場所だった。


 無骨な石造りの外壁。常に鳴り響く警鐘の音。兵士たちの鋭い視線。

 王都の華やかな宮廷とは正反対の、実戦の地。


 私は司令官カイラスに案内され、中央棟の作戦室へと通された。


 「ここが砦の中枢だ。魔道障壁の制御装置も隣室にある。今日からお前の担当だ」


 「了解しました」


 私の返事に、カイラスは一瞥をくれるだけ。歓迎の言葉など、ひと言もない。


 ――けれど、それでいい。むしろ落ち着く。


 王都のような、笑顔の裏でナイフを突き立てられるような環境より、

 目の前のこの冷たい空気の方が、よほど信頼できる。


 配属初日から、いきなりトラブルが起きた。


 「第二障壁が不安定です! 魔力供給が乱れています!」


 兵士が血相を変えて飛び込んできた。

 魔道障壁――それは砦を取り囲む魔法の防御網。これが崩れれば、魔獣の侵入を許す。


 「修理班は?」「対応中ですが……中枢魔核が反応しません!」


 作戦室がざわつく中、私は静かに手を挙げた。


 「私が見に行きます」


 「新入りがしゃしゃるな!」と誰かが舌打ちする。だが、カイラスが言った。


 「……やらせてみろ。責任は俺が取る」




 制御室には、古びた魔導機が並んでいた。王都では見たこともない構造。けれど、私にはわかる。


 (これは古代王朝期の“双輪式魔核構造”。普通の術士じゃ起動すらできないわ)


 私はそっと魔核に触れ、深く呼吸を整えた。


 「《導きの理式、第七序列・再構成》」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、私は古代語を紡ぐ。


 魔核が青白く光り、静かに回転を始めた。


 「な……直った……?」


 「え? 誰か触ったのか?」


 「いや、彼女しかいなかったはず……」


 部屋がどよめく中、私はただ、静かに微笑んだ。


 「障壁、再稼働完了。魔力の流れも安定しています」


 カイラスがこちらを見る。少しだけ、目が細められていた。


 「……やるじゃないか、“無能”令嬢」


 私は言葉を返さなかった。ただ、その呼び名がもう似合わないことを、

 彼自身がいずれ気づくだろうと確信していた。

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