第九話 オリヴァー
古来から神聖な樹木とされるカヤナの巨木が群生する付近で、リオが暮らしていたというのは、嘘ではないのだろう。
オリオリの角を食べた後、長期間眠る時はカヤナの木の洞で眠るのだとリオは言っていた。
カヤナの木の洞は小屋のような広さがあり、寝心地も良く、魔獣も来ないから安眠できるのだとか。
眠る洞はその時々で違うようで、決まった住まいは無いようだ。
以前にオリオリの生態を調べている時、傷を負ったオリオリや、衰弱したオリオリがカヤナの巨木の洞に入ってゆくのを何度か見たことがあった。
そしてしばらくするとオリオリは洞から出ると傷が癒えていたり、回復しているらしいこともわかった。
カヤナが神聖な樹木とされるのは、そのような魔獣にも治癒を与える力があるからなのかもしれない。
いち研究者として、この発見は人にはまだ知らせない方がいいのではないかと思った。
人間にも有益だと知れば、人は欲でこの森を荒らし、搾取するだろう。
かつてオリオリを絶滅寸前にまで追い込んだのも、人間の欲が原因だったのだから。
このカヤナの森でリオの生態を調べていた最中に、オリオリが入って行った巨木の洞の中にリオにそっくりの石化した人を見つけた。
リオの親族なのかはわからないが、リオの言う「還る」というのがこれを指すのだとしたら、いずれリオもこのようになるということだ。
石化した人物は、身体の一部が崩れ落ちていて、洞に堆積している物と同じようになっていた。
この洞の堆積物は、恐らくリオの種族の遺骸だと思われる。
オリオリの角を食べるリオ達の種族の遺骸がオリオリを癒す、オリオリを再生するとしても不思議ではない。
カヤナの木の成分と反応してその効果が強まるのか、何らかの影響があるのかはまだ調べてみないとわからない。
今は秘匿したかったから、堆積物の精密な成分検査を兄に頼むことにした。
だが、兄は何かを隠しているようだ。
身内ならと思っていたが、自分の考えが甘かったのか。
兄は自分とは違い、生物の環境保護よりも功を得ることを優先するかもしれないのだ。
これは自分ひとりの手には負えない。キオ殿にも協力してもらい、国で保護という形にしなければ。
オリオリの密猟の件もあるから、カヤナの森深部には全面的に立入禁止にもって行くのが一番いいかもしれない。
リオが目覚めたという連絡があったから、明日一旦戻ろう。
次回はリオも連れて来たい。確認したいことが沢山あるから。
「もうこんな時間か、そろそろ戻らないと」
時計を見ると夜営地での夕飯の時刻になっていた。
護衛達を待たせるのはしのびない。
オリヴァーは、急いで撤収作業をしていると、背後から誰かが近寄ってくる気配がして振り向こうとした。
だが、次の瞬間、何者かに背中を刺されてしまった。
「ぐうっ······」
鋭い痛みで立っていることができずに倒れた。
自分の身体が洞の奥に引き摺られて行くのを感じた。
猿ぐつわをされ、刺された剣が抜かれたところから、自分の血が体外に流れてゆく。
目を開けようと思っても開けられなかった。
(···ああ、誰か助けてくれ······、リオを···この森を守らなければ······)
堆積物の中に自分が埋められてゆくのがわかった。
息が苦しい······、身体が動かない·····。
オリヴァーは意識を失った。