第八話 ネイサン
弟オリヴァーとは別分野の研究の道を進んだ筈が、魔獣オリオリの角などの薬効を研究する自分と、オリオリの生態を調べる弟と関わるようになったのはここ最近のことだ。
ライバル視ではなく、その逆で、比べられたくないという思いが強い。
オリヴァーは感覚的、直感力を駆使して答えを導き出す、当たりをつけるタイプで、自分とは全く違う。
「兄さん、この成分を調べてもらえませんか。できれば内密に」
弟から象牙色の粉を渡された。
しかも調べる理由等、詳細はまだ明かせないらしい。
(なんと言うことだ!オリヴァーがこれに関わるとは)
ネイサンはオリオリの角の特殊な薬効に目をつけていた。
古くから伝えられている媚薬や不妊症に有効な薬効だけでなく、傷跡の修復などにも有効であることを偶然発見したからだ。
オリオリの角は粉にしたり加熱すると防虫剤のような癖のある匂いが強くなる。
そのため単体で飲むことは忌避されるため、媚薬や不妊症に用いる時は匂いを中和するためのものを混ぜて使用されることが殆どだ。
これは単体で使用する時のみ皮膚組織の再生効果が作用する。
医療用だけでなく美容にも有効という論文を近く発表する予定でいたのだ。
侍女らに試させてみた結果、副作用も無い。
独自に商品化し、専売特許を得れば我が子爵家は莫大な富を得られる筈だ。上手くいけば伯爵位を得ることも可能かもしれない。
そんな自分の野望を弟の存在が脅かすことになるとは······。
弟は出世や権威や権力にほぼ興味がない。だのに、そんなオリヴァーの方が自分よりも成功している。
研究者としての知名度はオリヴァーの方が上だったため、家を継がせるのはオリヴァーにという父の提案をオリヴァーは固辞した。
「自分が研究に没頭できるのは兄上のおかげです」
自分が嫡男ということは揺るがないことはわかっているが、弟の存在が疎ましくてたまらないのだ。
それで成分調査について虚偽の報告をした。
オリオリの角とほぼ同じ成分だとは教えられなかった。
「ありがとう兄さん、助かったよ」
何も疑わない弟に、一抹の罪悪感を抱いたが、自分の野望は捨てることができない。
「なあ、これはどこで見つけたんだ?」
ネイサンが持ち込んだものは、オリオリの角の気になる匂いがしなかった。
これならばこのまま使用できるに違いない。
「悪いね、まだ教えられないんだ。でも教えてもよくなったら真っ先に兄さんに知らせるよ」
「ああ、頼む」
ネイサンは、内緒で弟を尾行し、あの象牙色の粉の出所を突き止めようと思った。
そしてカヤナの森の中心部、神聖な樹木とされているカヤナの巨木が群生する場所にオリヴァーが向かうのを追跡することにした。
魔獣避けに、忌避剤を身に噴霧して、ようやく辿り着いた。
この魔獣忌避剤開発も、オリヴァーの研究からヒントを得てこぎつけたものだ。
数千年は越えているであろうカヤナの巨木の洞の中に、オリヴァーが一人で入って行ったのを目撃した。
別の巨木の洞を覗くと、オリヴァーが持って来たものと同様のものを見つけた。しかも大量にあった。
これが······!
これさえあれば自分の野望は果たせる筈だ。
ネイサンは、洞の堆積物を両手で掬い上げると不適な笑みを漏らした。
日没を待って、オリヴァーが入って行った洞に近寄った。
オリヴァーに同行している護衛達は夜営場所で夕食の準備をしているようだった。
彼らの飲料水用の樽に、夜陰に紛れて忍び寄り睡眠剤を混ぜておいた。
オリヴァーが単独行動をしている今が好機と、ネイサンはオリヴァーが入った洞に足を踏み入れた。
その気配に振り向こうとしたオリヴァーを、背後から力を込めて短剣で刺した。
「ぐっ······」
オリヴァーは小さく呻き、倒れると気を失った。
その洞は他の洞よりも広く奥行きがあった。ネイサンはその洞の奥に弟を引き摺って行った。
オリヴァーに猿ぐつわをすると、刺した短剣を引き抜いて、象牙色の堆積物の中に弟の身体と一緒に埋めた。
このまま助けが来なければ、ここがオリヴァーの墓になってくれるだろう。
ネイサンはトドメは刺さなかった。
流石に絶命するまで何度も弟を刺す気が起きなかったのだ。
オリヴァーを埋めた洞をカムフラージュするために、オリヴァーが携帯していたランプを別の洞の入り口に置いて、彼が出入りしたと見せかけるために中を少し荒らしておいた。
洞を出ると、魔獣オリオリが素早く横切った。
護衛らしき人影が遠目に見えたので、少し離れた別の巨木の洞に潜むことにした。
埋め忘れたオリヴァーの眼鏡をかけてみると、オリヴァーの眼鏡が伊達眼鏡だったのをこの時はじめて知った。
双子のように似ている兄弟として、間違えられずに区別がつくようにオリヴァーがそうしていたのだった。
「博士、どこですか?」
「ミンス博士、夕食です」
護衛らがオリヴァーを探している。
ネイサンは護衛達がいなくなるまで暗い洞の中で待った。