第七話 エリオット
「じいじ! お母様が帰って来たよ。あとね、天使みたいな人も一緒だよ」
「そうか」
バタバタと駆けながら部屋に入ってきた孫をクリフトは抱き上げた。
日増しに重たくなるエリオットに、クリフトは目を細めた。
「あなた、いらしたわよ」
「ああ、今行く」
クリフトを呼びに来た愛妻シャロンと共に応接間に向かった。
「エリオット、あなたの従妹ができたのよ」
「一度に二人もな」
「えっ?」
エリオットは待ちきれずに、祖父の腕から急いで抜け出して、応接間に全力で駆けて行った。
「同じ顔だ」
エリオットは赤ん坊を今まで間近で見たことがなかったのか、オーとリリの顔を覗き込んだ。
「わあっ」
エリオットはオーとリリ二人に、むんずと赤毛を掴まれた。
「ダァ」
「あァー」
オーとリリはご機嫌な笑みを浮かべている。
「お、お母様······」
可愛いには可愛いのだけれど、それでも力一杯髪を掴まれてしまっているから痛い。
エリオットはどうしていいかわからずに固まった。
「オーとリリです。仲良くしてあげてくださいね、エリオット様」
リオは笑いながら双子達の指からエリオットの髪を解放した。
ハイハイをする双子達を自分も這いずって追いかけては、エリオットは楽しげに、双子達も興奮しながら遊んだ。
「やあ、にぎやかだね」
「お父様!」
王宮に出仕していたアンゼリカの夫ヒューゴが帰宅した。
「はじめまして、リオです。お世話になります」
「こちらこそ、大歓迎ですよ」
ヒューゴは物腰の柔らかな優男で、妻のアンゼリカとは真逆な印象を与える。
文官である彼は武と知、剛と柔のマリアージュ、武門のクリストフル侯爵家を脳筋化から防ぐ要だ。
「これからもっとにぎやかになるぞ、エリー」
「どうして?」
「妹か弟が生まれるからな」
「えっ!?」
エリオットは、驚きと感激で青い瞳を見開いた。
「アンゼリカ、それは本当かい?」
「今日診察でわかったばかりだ。今回は早めの産休を取るよ」
「ありがとう、アン。そうしてくれ」
ヒューゴは労るように妻を抱き寄せた。
「おいで」
ヒューゴに手招きされたエリオットは、弾かれたように駆け寄った。
父と母から頭を撫でられながら、「弟がいいなあ」と呟いた。
「生まれて来る子の名前を一緒に考えよう」
「うん!」
「あらあら、気が早いわね」
「いや、私達もそうだったじゃないか」
「まあ、そうね」
「だろう」
エリオットの祖父クリフトは、皺が少々目立って来た目元に輝く琥珀色の瞳に喜悦を滲ませて笑った。
オーとリリをあやしながら、クリストフル一家の様子を見つめていたリオは、家族というのはこういうものなのかと、ほんの少しの羨望を覚えた。
私達一族とは違うのだと。
リオは母から名前を与えられたことはない。母とは名前で呼び合う必要がなかったからだ。
母がいなくなった後は、ずっとひとりだった。
ひとりで寂しいとは感じたことがなかった。
私のリオという名は仮名で、キオがとりあえずつけてくれたものだ。
そういえば、キオはこの家族の一員なのだった。
私は子を産んだ。この双子が私の唯一の家族。
でも、私も子ども以外の家族を持ってみたい。
もしも家族になるならば、オリヴァーがいい。
キオにはとても感謝しているけれど、オリヴァーはキオとは違うの。
オリィに会いたい。
だから、どうか早く見つかって欲しい。
リオは耐え難い孤独を初めて感じていた。