第三話 キオ様、産まれました!
キオ·ロイゼンタールは叫んだ。
「ち、違う、断じて俺の子ではない!」
一年前カヤナの森から連れてきた自称「オリオリの友だち」を名乗る少女は、冬眠するかのように眠りについてしまった。
一度目覚めて食事後に再び眠り、それから半年後、なんと目を覚ますやいなや子どもを産んでしまったのだ。
「あっ、産まれそう!」
陣痛から1時間で産まれたのは、少女にそっくりの双子だった。
屋敷の者達は、子どもの父親がキオなのではないかと疑いの目で見ている。
「いつ俺が孕ませたと言うんだ!」
「孕んだとわかって家に連れて来られたのでは?」
執事と侍女らはまだキオに疑いの眼差しを向けている。
「なっ、なんだと?! いくら何でもこんな子どもに手は出すものか! 俺にだって好みはあるんだぞ」
彼女はまだ14、いや15だ。
しかもオリオリの角しか食わない得体の知れない少女だ。
「君の子どもの父親は誰だ?」
「いない。私は私だけで産んだの」
「······どういうことだ?」
どうやら、彼女が言うには単為生殖で殖えるらしい。
た、単為(処女)生殖だって?!
待ってくれ! こんなことがあるのか?!
彼女は人間だ······よな?
······新種? 新人類?
それとも······女神や精霊とかの範疇なのか?
キオは自分のキャパシティを超えてしまい、自分だけではどうにもできないと判断し、上司に相談、指示を仰ぐことにした。
まあ待てと、それからふた月も放置された後、ようやく生物学の権威とやらに紹介された。
「どうも!いや~、楽しいっすね」
「よろしく······」
まずは面会したいということで、ロイゼンタール邸にやって来たのは、まだ若いオリヴァー·ミンス博士だ。
亜麻色の長い髪を後に一つに束ね、丸眼鏡の奥の紺碧の瞳は友好的に輝いていて、気さくな青年だった。
「オリオリ?」
「いや、オリヴァーだよ。あ、オリィって呼んでくれてもいいよ」
「そうする」
オリヴァー博士にはやたら素直だなとキオは思った。
「で、君の名前は?」
「キオはリオって呼ぶよ」
「『オリオリの友だち』だと呼びにくいから仮名だ」
「なるほど。じゃあ可愛い双子ちゃんの名前は?」
「オーとリリ、これは私がつけたの」
仮名リオは自分の産んだ子の名前すらどこまでもオリオリから離れられないようだ。
「それで君は今何歳なのかな?」
「多分15歳くらい。ちゃんと数えたことがないの」
「そうなんだね」
オリヴァーは根気強くひとつひとつリオに尋ねてゆく。
「君の産んだ子どもの父親は誰なの?」
「いないよ、私だけで産んだの」
オリヴァーが核心に迫っていく。
「それは、君の一族はみなそうだということかな?」
同席していたキオはごくりと喉を鳴らした。
「そう、みんなそうやって生まれるの」
「君の親兄弟はどこにいるのかな?」
「いない。お母さんは還った」
「還った?」
リオの世界では、 死ぬということを「還る」と表現するらしい。
そしてどうやらリオの一族は女しか生まれないないようだ。
彼女が嘘やでたらめを言っているようには見えない。
信じがたいが、人間に酷似した人間とは違う生きものということになるのだろう。
そしてリオは驚愕することを口にした。
「私もあと二回くらい子どもを産んだら還るの」
「?!」
無邪気に言うようなことでは全くない。
「興味が尽きなさすぎて困りますね」
「はあ···、それで今後はどうしたら?」
キオは途方に暮れた。何もかも規格外だったからだ。
「本来、生態を調べるには森で一緒に暮らすしかないんですけどね」
「それは······」
あの森には魔獣がいる。
「ふふふ、そうです。だからとても難しいものなんですよ」
「しかし······」
「研究所の檻に閉じ込めて取るデータなんて不自然の極みです。そして彼女達のためにもならない」
「では、どうすれば?」
「あなたさえ良かったら、ここで生活させながらしばらく様子を見るしかないですね。ある程度子どもが大きくなるぐらいまでは。私は定期的に通わせていただきます」
「オリィも一緒に暮らそうよ!」
リオが言ったことが、それが今は最善だとキオも判断した。
「ミンス博士さえよろしければ、それでよろしくお願いしたい」
「ありがたい申し出です。それでは是非」
こうして、リオ達に加えてオリヴァー·ミンス博士もロイゼンタール伯爵邸での同居がはじまった。