第十一話 オリオリは聖獣
オリヴァーの行方不明騒動から一年が過ぎた。
長い間魔獣と呼ばれて来たオリオリは、聖獣と認定された。
それによってオリオリを狩るのは全面的に禁止となった。
それは、神聖な樹木カヤナの木の洞の堆積物はオリオリの角の成分が主だったからだ。
オリオリはカヤナの木の実を主食にしている。
オリオリの角を食べるリオ達の骸も、調査した結果オリオリの角と同じ成分だった。
カヤナの巨木も、それを養分にして育っている。
まさに見事な生命の循環そのものだ。
オリヴァーが洞で発見したリオに似た石化した人物は、リオの母だった。
リオの母が還ったのは六年前だ。
朽ちた母は見たくないと言って、リオはその洞には近寄らなかった。
リオの一族(種族)もカヤナの森を守る聖なる一族と認定され国で保護されるようになった。
キオの家系が王族だったことで、融通がきき、色々話が通るのが早かった。
ほぼオリヴァーの望む形になったのは、キオが賛同してくれたからだ。
そもそも、リオがキオに保護されていなかったら、カヤナの森は今頃兄の欲望で荒らされてしまっていたかもしれない。
これも天の配剤かとオリヴァーは感嘆した。
「あなたには感謝しかありません」
「いや、全部偶然に過ぎませんよ」
「その偶然こそが奇跡でした」
「まさか絶滅危惧種を保護するとは思いませんでしたけどね」
しかも、その絶滅危惧種類と家族のように暮らすことになるとは。
「はは、私は自分まで絶滅危惧種の一員になるなんて予想外でしたけどね」
オリヴァーは自分自身が研究対象になってしまったのだ。
容貌だけでなく、この一年でオリオリの角しか食べられない身体になってしまった。
他の食べ物を食べたい欲求が起きないのだ。
リオの感覚が今ではよくわかるようになった。
リオ達の墓場である洞の堆積物に埋められてしまったことで、この変容が起きたのかはわからないが、体質がリオのようになったのは事実だ。
眠る時間もリオ同様に長期間を要するようになった。
そうでないとエネルギー切れを起こして倒れてしまうからだ。
オリヴァーは、もう元には戻れそうにない。
国の保護と支援を受けて研究ができることは願ってもないことだ。
それによってネイサンの野望はカヤナの森への国の保護によって潰えた。
独房に収監されていたネイサンは、弟を刺した罪の意識と野望を失い半ば廃人となっていた。
キオの忘却魔法によって、オリオリの角の治癒の薬効と自分が弟を刺した記憶を消されて放免された。
それでもこれからは監視対象だ。
収監は表向きは療養ということになっていた。
彼は何事もなかったかのように勤勉な研究者に戻った。
そんな彼にとって、突然弟の風貌が別人のように変容してしまったことだけが解せないことだった。
「兄さん、私はこの通りですから、どうかミンス子爵家を頼みます」
「ああ、任せてくれ」
安堵するオリヴァーの髪はほぼ全体がラベンダー色になっていた。
「キオキオ」
「なんだ、オー?」
へへへと、訳もなくキオをキオキオと呼ぶのが双子達の今のお気に入りのようだ。
「キオキオ」
「······」
一人が呼ぶと必ずもう一人が真似をする。
今度はリリだ。
生まれてから一年半ほど経った彼女達は、人間で言えば三才児くらいの知能と体型になっていた。
「パパ、エリーと赤ちゃん来たよ」
「エリーとサミーが来た」
パパとは、今ではオリヴァーのことだ。
リオは戸籍がなかったため、キオとは入籍してはいなかった。保護のための便宜上の妻である必要もなくなり、リオは自分のパートナーにオリヴァーを選んだ。
オリヴァーもごく自然に、当前のようにリオを受け入れた。
互いが番のような二人だ。
「どうも、ご無沙汰しています」
エリオットと姉アンゼリカが産んだ次男サマセットを連れてやって来た。
「久しぶりだな、リオ」
「お久しぶりです、アン姉様」
リオはすっかりアンゼリカに懐いていた。
「エリー、遊ぼ」
「遊ぼ」
「うん!」
エリオットは、妖精みたいに可愛いい双子達と遊ぶのが楽しくて仕方ない。
弟と一緒に遊べるようになるのはまだまだ先のことだから。
「エリー、はあく(早く)行こ!」
エリオットは双子達に両手を掴まれて、遊具で溢れた部屋へ引っぱられて行った。
部屋からは、キャーと騒ぐ子ども達の声が響いた。
「オリヴァー殿は、私に話があるようだな」
アンゼリカは自分から促した。
「はい、お呼びだてして申し訳ありません。もう少ししましたら、私達は森へ帰ろうと思います」