第一話 それは森の中で
キオ·ロイゼンタールはカヤナの森でそれを拾った。
その日は隠密の任務で森に来ていた。
しとめた遺体を魔法で処理しようとした瞬間、人の気配がした。
「誰だ!」
キオは怯んだ女の声がした方へ忘却魔法を放った。
女がその場で崩れ落ちる音がした。
しばらく経っても倒れた女はまだ目を覚まさない。
溜め息をつきながらパチンと指を鳴らして目を覚ます魔法をかけた。
だが、どうしたことか女は目を覚まさない。再び試みたが起きない。
忘却魔法をかけて人が倒れるのは稀だ。
頸部に手を当てるとちゃんと脈を打っている。
死んだわけではない筈なのに全く目を覚まさない。
「キオ様、どうされたのです?」
深夜遅くに馴染みの宿へ女を運んで来た姿を興味津々に店主が見つめている。
「拾いものだ。すまないが、医者の手配を頼む」
医師が言うには魔力酔いの一種で、脳震盪、少し貧血気味ではあるが命に別状はないらしい。
一晩眠れば目を覚ますだろうということだった。
だが、翌日になっても目を覚まさず、三日経っても目覚めないため、仕方なく自邸のロイゼンタール伯爵家へ連れ帰ることにした。
「キオ様お帰りなさいませ」
「色々面倒かけてすまない」
執事に事情を説明し、彼女の世話を頼んだ。
「魔力酔いだとしても、これは酷すぎる······」
キオは自室に籠るとひとりごちた。
任務中のアクシデントは報告の義務がある。できるだけさっさと済ませてしまいたくて仕方がない。
こんな事態になったのはこれがはじめてだ。
侍女らが介抱している女は、まだ少女だった。
なぜ彼女はあんな夜中に森にいたのか。
しかも靴も履かずに裸足で、薄手の革製の簡素な服しか身につけていなかった。
まさか、あの森で生活していたのか······?
カヤナの森には有益な魔獣もいるため密猟が多い。
先日始末したのも手配中の密猟団の一人だ。魔法も操る厄介な奴だった。
有益な魔獣を狩るには許可がいる。騎士団の魔獣討伐すら許可が下りなければ動けない。
その魔獣はオリオリという名で肉、毛皮、骨、角、歯、臓器すら薬になる。
捨てる部位が極めて少ない奇跡の魔獣と呼ばれている。
金赤の瞳は魔除けの御守りとして加工され売られていた。
見てくれは猪ほどの体躯で、角のある大型のウサギ、短い耳と珊瑚状の角が特徴で、その角は媚薬、不妊に効くという。
魔獣の中では比較的小型であるため、民間人でも狩れることもあり、六十年前には乱獲されて一旦絶滅したと言われていた。
ここ十年ほどでまた復活したようだが、それでも絶滅危惧種には違いない。
キオの心配の種は消えなかった。なんと少女はそれから半年間目を覚まさなかったからだ。
ある日の昼下がり、少女は目を覚ますと夜着のポケットをまさぐり何かを必死に探していた。
「もしかして、これか?」
キオはサイドテーブルの引き出しからオリオリの珊瑚状の角を取り出して見せた。
少女は返事もせずにいきなり角にかぶりついた。
「なっ、何をするんだ!?」
驚いたキオが取り上げようとすると、彼女の腹が魔獣の咆哮のような大音量で鳴った。
「······お腹空いたから、食べるの」
「は?!この角をか!?」
少女は真顔できっぱりと答えた。
「それは、私の大事なごはんなの」