第39話 女神カテリアの園庭
キィィィガタン。
木製の重そうな扉が閉まる。
ああ、またここか。
女神様の園庭か。
「矢野峻さん、あなた脆弱すぎますよ?」
「12歳の体と、酔いどれの妖精でどう戦えと?」
「うふふ。その妖精を酔いどれにしたのは矢野峻さん、あなたですよ?」
「いや、まぁ生で妖精を見て手のひらサイズだったらさ、可愛がりたくなるし。不可抗力でしょ」
「でも、そのおかげで矢野峻さん。あなたは私に呼ばれて、ここにいます」
「チートスキル欲しいんですが」
「矢野峻さん、千年王国記でチートユーザーいたらどうしますか?」
「アカウントを即停止させますね」
「それが答えです。矢野峻さん。反省して妖精と共に戦いましょう。魔王と戦って勝てるまで強くなってもらわないと私への信仰心も高まりませんし」
「でも、僕、ドゥーグに噛まれてゲームオーバーになったんだよね?だからここに呼ばれたんじゃ無いの?」
「そうですね、矢野峻さん。あなただけではなく妖精も幼馴染も食い殺されていますよ。それはただただ矢野峻さん、あなたが弱いからです」
「いや、でもそれは…」
「いいえ、矢野峻さん。事実であり真実です。あなたの弱さは戦うことだけではありません。心も意思も動機も勇気も希望も夢も、何もかもが脆弱です。何が世界を見て回りたいですか。そんな体たらくでせっかく契約してくれた妖精も、あなたを心配して地位を捨ててまで付いてきてくれた幼馴染も危険に追いやるのです」
「ただ魔王と戦うのは、舞台装置としてでしょ?やりたくないって言ったよね」
「少し論点がズレてますよ、矢野峻さん。あなたの弱さと魔王と戦うことはイコールではありません。矢野峻さん、ハッキリさせておきましょう。あなたは私への猜疑心が先立っていることで本質から目を逸らしています。私はあなたにこの世界を楽しんで欲しいのです。あなたの作り上げた妄執ともいうべき熱量に感銘し、あなたにご褒美をあげたかったのです。ですから、あなたが魔王との戦いから逃げても私はペナルティを課しません。魔王がただ世界を蹂躙するだけです。その結果、あなたは大事なものを失うだけです。あなたはこの世界を愛している。誰よりも愛している。なぜなら矢野峻さん。あなたの作った世界を模倣した世界だからです。矢野峻さん。あなたが作った世界を守るためにあなたは強くなる必要があります。世界から私への信仰心は副産物です」
「いや、それなら魔王いらないよね?」
「いいえ、必要です。あなたの千年王国記には誰しも英雄になれる可能性がありました」
「英雄というか、ミッションクリアの称号だけどね」
「いいえ、英雄です」
女神カテリアはキッパリと断言する。
「ネザルがいい例でしょう。矢野峻さん、あなたは世界を作り上げ管理し運営し、誰もが希望を持てる世界を作りました。次はあなたが英雄になる番です。もちろん、魔王を討ち倒さんとする英雄の卵は次々と生まれてきます。私は誰にも加担しませんとお伝えしました。ですが。矢野峻さん、あなたはこの世界を甘く見すぎていました」
女神カテリアは、コトリと甘い香りのする飲み物の入ったカップをテーブルに置く。
「なので、矢野峻さん。私から最初で最後の忠告をするため、反省を促したのちに数時間だけ時間を巻き戻してあげるために、ここへ再びお呼びしました」
コホンとわぞとらしく咳払いをし、ヘッドドレスでほとんど顔が見えないのに真っ直ぐな視線を僕に向けてくる。
「創造者矢野峻の魂を引き継ぎし英雄の因子シュン・ボネアル。女神カテリアの使徒として汝の魂に恥じぬ人生を全うし、世界を脅かす魔王を討ち倒し、世界に英雄の名を轟かせなさい」
「あのさ、魔王は全力で世界を滅ぼしにくるんでしょ?どうやって戦うのさ?時間も味方もな..」
「つべこべ言うな、やれよ。矢野峻。貴様は創造者なんだろ?知恵と勇気で乗り切れ。愚痴をこぼす前に動け。頭を働かせろ。そして、英雄の称号を勝ち取れ。次はない。次の死の際は相見えることはない。そのまま輪廻の輪から外れ未来永劫消え去るがいい」
声質も声量も変わらない。
口調だけが変わっただけなのに、凄まじい圧迫感の言葉の一つ一つに二の次が出なかった。
「わかった、謝るよ女神カテリア。でもさ、魔王復活まで少し時間が欲しいのは確かだよ。申し訳ないけど僕は運動はまったくダメなんだよ」
「わかっていませんね、矢野峻さん。時間は有限です。そして魔王復活と世界への叛逆は、矢野峻さん。あなたを待ってはくれません」
「いやでも、そこは女神カテリアの采配で」
「いいえ、なりません。矢野峻さん、転生前のあなたがイベントを作る時、世界はあなたを待っていましたか?」
「それは」
そう、時間は刻々と流れ、イベントを作り続けてきた。
「それは、そうだね」
「はい、ご理解いただけたようですね。さきほどお伝えした通り、矢野峻さん、あなたをこの園庭から戻られる時にほんの数時間だけ時間を巻き戻してあげます。お仲間を失わないようになさってください」
「そうだね。まずは身の程をわきまえないとだね。ありがとう、女神カテリア」
甘い香りが体を包み、意識が暗転していく。
別に英雄になりたいのではない。
魔王と戦うのもそこまで乗り気ではない。
輪廻から外れるとどうなるのかもわからない。
女神カテリアに嘘を言ったつもりはないけど、僕の作った千年王国記を模倣したこの世界を渡り歩いて満喫したい。
これは変わらない。
ただ、ドゥーグに噛まれたときは、本当に痛かった。
死の臭いはしっかりと僕の心に恐怖を刻み込んで思い出すのもはばかれる。
父に殴られ蹴られ時とも感じた無力感もある。
オープンワールドは、その足でどこまでも歩いていける。
だからといって、強くなることを放棄したら、エンカウントしたモンスターにいともたやすく殺されてしまう。
そうだった。
なんだって忘れていたんだろう。不変のルールを思い出した。
ゲームも、この世界も。
世界を歩くには、そう。力がいる。
「なぁ、峻。俺もそこまで詳しいわけじゃないけど、ロープレってレベルとかあるんじゃないの?」
「そうだね。レベル上げとかあるね」
「じゃあなんで、このゲームにレベルってないわけ?」
「レベル差のせいで絶対に勝てない絶望感とか嫌じゃん。僕としてはレベルよりもステータスとスキルの相性とかを重視したいかなぁ」
「レベルの方がわかりやすくない?」
「うん、もちろん。レベルの方がわかりやすいよ。ただジャイアントキリングに憧れがあるからね」
「あ、いや…峻。俺は別に否定したいわけじゃないから。峻の世界を知りたいってだけだよ」
ステータスを上げるには、とにかく行動が必要。
筋トレすれば筋力があがる。
走れば俊敏さがあがる。
このごくごく当たり前の行動をこなしていかないと、ステータスは低いまま。
そして、ステータスを上げていっても何もしなくなればステータスは下がる。
千年王国記が作業ゲーといわれた部分はこのシステムにもある。
さすがにゲームの中に食事と睡眠の要素は入れなかったけど。
初心者キラーのドゥーグに惨殺されるくらいのステータスしかない状態で、どうやって世界を見て回れるのか。
我ながらバカだなって、思う。




