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殺人日記  作者: 緋西 皐
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4.嘱託の八合わせ

たまに届く手紙は、その文字が黒ずんで後ろの白紙は透けているようだった。

そして私に血をくださいと懇願する内容である。


このような所業は吾輩の趣味ではない。

私は「死にたい」と嘆く奴隷共に興味はないのだ。むしろ毎日が充実している輩ほど、その死に際が醜く、そして美しく頬張れるものだ。


ただ、何通も届く手紙が不快なのは、不自然なのは、いたづらに死にぞこないが何度も突きつけてくるからだ。むしろ僕をカレンダーだと勘違いしている。


さて、このような魂胆に飽き飽きしてきた最近、私はその女の元へ向かうことにした。


そしてその玄関、中からは物音が散らばってくる。

やはり俺を馬鹿にした行為だったのかと、私は鉈を握り、鍵をこじ開けた。


「誰だね、君は?」

「そちらこそ、誰だ?」


若肌の男は、およそ25歳ほどか、メスを片手に私を睨み問いかけてきた。

その目つきは少しばかり虚ろであり、私と同じよう。また私は聞き返した。

だが彼は答える必要もなく、答えることもなく、むしろそれこそがこっち側の名前のようなものだ。


ゆえに彼は突然現れた私を気にすることなく、その作業を続けた。しばし生臭いが、冷蔵庫に幾つばかりかあるそれは卓越したものを感じさせる。


あとは近くの机に幾つか重なっている手紙、どうやら私に送り付けられたものと同じようだ。

なるほど、聞くまでもないことだろう、彼も招待されたみたいだ。私より先に仕事を澄ましていたみたいだ。


「君は何をしてますか?」

「さぁ、なんだろう」

「私は医者をやっています」

「そのようだ」


彼は手裁きをしながら世間話をしたいようだ。

こちらも同じ類と関わる機会は少ない、ましてやこの冷静なタイプならなおさら。

少しばかり話をするとしよう。


「彼女はずっと望んでいました。僕に幾つもメールをしてきて、それがこの前手紙に変わりまして、執念深さに困ってこの有様です。君も同じような……とは限らないようですね」

「同じようなのものだ。私の場合は手紙を捨てるのも厄介になってきたからだ」

「いえいえ、そうではありません。あなたは表がないということです」


彼は不愉快故ではなく、危機感ゆえに女を仕留めたと言いたいようだ。自分の本職に響く、いや、単純に死刑を怖がっているのだろう。

その割には手裁きに緊張は見えず、淡々と進め、またそれを嗜んでいるように見える。


「医者よ、それならば寿司屋のほうが良いのではないか?」

「はは、君にはこれが魚に見えるのか。どうやらまだまだ君はわかっていないようだ。ここを切るとこう割れ、香りがたち、線が見える。この景色が人の数ほどある」

「なるほど、名医のようだね」

「ああそうさ、ただ仕事のためじゃない」


「それはそうと、君はどういった方法を企んでいた?」

「企むといわれると誤解のようだが、そうだな、女の腕を引きちぎり、喰わせようと――――」

「そしてその嗚咽する顔を拝みたいという感じか。君は割と野蛮なようだ」

「そうかもしれないね。でも命を救う医者が殺人鬼というのも野蛮ではないか?」


男はメスを止め、散り散りになったそれらを担ぎこちらにきた。


「君はこのように分解できるか?」

「分解か、一度しかしたことがない。それほど楽しくなくてね」

「はは、まだまだだね」


私にプライドがあるわけではない。しかし男のニヤケ笑いにいささか苛立ってきている。それは明らかに見下すような笑い方だからだ。


「この世は法則性を持っている。医学も人体の法則性を利用しているものだ。現に君だって理解しているはずだ、どこをどうすれば人が死ぬのか。その上でおおよそのことは、天才には理解できないかもしれないが、一番初めはつまらないものだ。僕からすれば、君のやり方は、殺害の挫折の連続。その誤魔化しだね、はは」


この男は性格が悪いようだ。己の世界が全てだと思っているのか。

私が思うに、このタイプは指針を持っている。

とはいえそこまで気にならないが、最後に一言それを聞いたらここを去るとするか。


「最後に一つ、医者、その行為の正当性はあるのか?」

「正当性? 君は僕のことをおおよそわかった言い分だ。いいだろう、答えよう」


「普段はメールから殺人の依頼を受けて行っている。いわば嘱託というものだ。だいたい始めたのは5年ほど前か、数は覚えていない。最初は注射、次は薬物、今はメス。いろいろと試したが、メスが一番いいようだ。正当性といえば、確かにそうだ、あくまで死にたいと願って殺しているわけだから、道理にかなっているとも思える。とはいえ、法の原則もわかっている。つまりは僕は君が思うような人間ではないみたいだ」


はっきりしない男だ。

ただそれは私も同じようなものか。

我々は何も残ることがない、証拠も動機も事実でさえも。


「ただわかってないのはそちらだ。医者、お前は私と違うと言うが、腕のその引っかかれた跡、道理にはなっていないだろ」

「ははは……野蛮なくせにそう吐き垂れるか。もとよりそちらも正当性など求めていないだろう」

「でも言い訳はできる」

「言い訳?」


「生きるためには食べなくてはならない。それが私にとって殺しだという。そのようなことだ、さて、味付けは済んだようだ」


その朝、生臭い冷蔵庫を開けると、明白な一つと知らぬ一つがあった。片方は見惚れるほど自然な有様、片方はその有様の歪を指し示すよう。

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