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第4話 モバイルショップの怪

 もやもやした気持ちのままロックエバーマンションに戻ると、河村は買ってきたおにぎりを口にした。なんだか今夜は変なことばかり起きているような気がする。件数としては少ない方だったが、不思議な現象がありすぎて、心が落ち着かなかった。まだ仕事は序盤戦だ。何か大きなことが起きてしまうのではないか。そんな言いようのない恐怖心にかられた。


 心を静めるために、今日何本目かの煙草に火を付けた。なんだかようやく落ち着いて吸えるような気がする。今でこそ慣れてきたが、入社して半年くらいは、出動を告げる端末の電子音が頭の中で繰り返し、ノイローゼ気味になったこともあった。そろそろ転職を考えてもいいのかもしれない。長くゆったり働ければと選んだ機械警備だったが、実際にはてんてこ舞の毎日だった。


 食事を終えると、河村は無造作に休憩室のベッドに転がった。ぼーっと天井を眺めながら、今夜の出来事を思い返していた。


「賊が怖いか、霊が怖いか。」


 呟いてみて、思わず笑ってしまった。どっちがどうだと考えたところで、結論は一つだ。どっちも怖い。そう思うとおかしくなったのだ。しかし、この3年間で、今日のような不可思議な体験をしたのは初めてだった。何かの啓示なのだろうか。そんなファンタジーなことを考えているうちに、次第に眠くなり、河村は睡魔の海に沈んでいった。


 どのくらい眠っていたのだろう。出動の電子音と共に河村は飛び起きた。


「しまった!」


 腕時計に目をやると午前2時過ぎだ。寝てしまったと言ってもほんの数分のことだったようだ。端末を取り出し、出動内容を確認する。今度はJR東十条駅の近くにあるモバイルショップだ。その情報を見て、河村は一気に目が覚めた。今までと違って、携帯機器を扱うモバイルショップの警報は真報(実際に事件が発生している)であることが多い。装備品を整えると車へ急いだ。しかも、ここから東十条へはそこそこ距離もある。赤羽駅の東側へ出て、主要道路をひたすら南下した。


 発報のあったモバイル店は、東十条銀座と呼ばれる商店街の一角にある。さすがにこの時間では人通りもない。深夜になり、一層冷え込んできた。駅前のパーキングに停車すると、ショップの鍵を取り出して現場へ急行した。モバイルショップは十字路の角地にあり、河村はライトを取り出して外周を観察した。道路側には北と東が面しているが、窓を破られたりしたわけではなさそうだ。南と西側はマンションや隣の店舗との隙間ない壁があるため、人が侵入するのは不可能だ。もっとも、壁ごと穴を開けられたらわからないが。


 ショップに近付き、窓ガラス越しに中にライトの光を当てる。しかし、店内が荒らされた様子もなく、人の気配もしなかった。その時、河村の携帯が鳴り響いた。


「管制の波留でございます。現着できましたか?」

「はい。すでに現着済みで、外周に異常はなし。これから店内に入ります。」

「ついさっき、1分くらい前に2度目の人感センサー感知があったから、くれぐれも気を付けて入ってください。今、豊島担当の水沢さん行かせましたから。」

「えっ? 1分前って、外から中をうかがいましたが、特に異常はなかったですよ?」

「でも、実際に発報してますから。十分気を付けてください。水沢さんの到着待ってからでもいいですよ。」


 波留はそう言ったが、河村は先に入ることを選択した。店舗事務所入り口の端末を操作して、警戒状態を解除し、警棒を片手にゆっくりとドアを開けた。狭い通路にライトの明かりを照らすと、そこには積み上げられた書類箱のほか、掃除用なのかモップや塵取りなどが乱雑においてあった。


 ゆっくりと、警棒を前に突き出しながらゆっくりと中に入っていく。入り口から伸びた短い廊下と、その先の給湯室、並びにその隣の休憩室には誰もいなかった。河村は店舗へ続く扉のノブに手をかけた。一度ゆっくりと深呼吸して、警棒を握り直すと静かに扉を開けた。ここまでの経路の明かりは付けてある。つまり、賊が中にいればこちらの気配には気が付いているはずだ。警備員が来たと怖気づいて、店舗側のドアを開けて外に逃げてくれればしめたものなのだが。


 扉を開け放ち、ゆっくりとライトで店内を回した。


「っ!?」


 一瞬、人影にびっくりしたが、店頭案内用のロボットがいるだけだった。河村は店内の照明をつけ、改めて中をうかがった。狭い店舗のため、隠れられそうなところは少ないが、物陰に潜んでいる可能性が否定できないため、ゆっくりと、ゆっくりと捜索が行われた。


 自分の位置が気取られないように、足音に気を使い、呼吸もゆっくりと浅く、細心の注意を払った。どうやら店内には人影は認められない。あとは、店内に備え付けてある個室型のトイレだけだ。そっと近付き、トイレのノブに手をかけると、河村は一気に扉を開けた。


 しかし、中は誰もいなかった。背後から襲われないように振り返り、もう一度店内の捜索を行った。その時、店舗の外に人影が見えた。応援の水沢が到着したようだ。店内の自分に気が付いたようなので、中に入ってくるように手招きした。しばらくして、事務所のドアが開いた音が聞こえた。と、その時だった。


「いらっしゃいませ!!」


 全力の大声が河村の耳元に響き、腰元をなにかが触れた。


「ふぁああっ!!」


 河村は恐怖と驚きのあまり、人生でこれ以上ないくらいの情けない悲鳴を上げてしまった。しかも、それを店内に入ってきた水沢にばっちりみられてしまったのだ。思わず持っていた警棒で殴り掛かるところであった。人感センサーに反応し、軽く頭を下げ、今まさに河村に襲い掛かろうとしていた犯人、それは先ほど見た店内案内用のロボット『デッパーくん』だったのだ。このロボットは目がセンサーになっていて、店内に客が入ってきたことを察知すると、今のように声をかけてくれる。そして、お腹のタッチパネルモニターを入力すれば、受付が完了し、番号札を発行してくれるのだ。


 どうやら外を車かバイクが通りかかった際、店内に差し込んだヘッドライトの明かりの動きを誤認し、電源を落とし忘れられたデッパーくんが動いたのだろう。デッパーくんは客を認知すると、声と同時に腕を振り、頭を下げる。その動きを人感センサーが読み取ったのだ。河村が外から中をうかがうのために当てたライトの光にも反応したのだろう。それが2度目の発報だったのだ。


「大丈夫か?」


 水沢はそう言いながら笑いを堪えていた。声をかけられてもまだ、河村の心臓はドキドキが止まらなかった。こんなに驚いたのはいつ以来だろうと考えてみたが、もしかすれば、人生で最大の驚きだったかもしれない。念のために店内を見てもらったが、賊なんかはいなかった。


「死ぬほど驚きました。」

「いい声出してたぜ。じゃあ、何もないようだし、俺は次の現場に行くな。」


 そう言って水沢は早々に退室していった。残された河村は本部管制の波留に対応指示を仰いだ。端末の情報にデッパー君の使用マニュアルが記載されているため、その手順に則ってシャットダウンしてほしいとのことだった。


 河村は背中のふたを開け、手順に則ってシャットダウンの手続きを取った。シャットダウンの入力をすると、


「お疲れさまでした。」


 と言って、デッパー君は動きを止めた。


「うるせぇよ。」


 河村はデッパー君の頭を軽く叩くと、報告書を作成し、店長席の上に置いて退室した。外に出たころには午前3時を回っていた。まだまだ中盤戦だ。河村の戦いは続く。


 そして、案の定、次の出動指示が入るのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] サブタイトルが、『四章』となっているのです。『四話』だと私は思いました。 間違っていれば、すみません。
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