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第2話 屋内階段の怪

 人感センサーの発報した工場は、ライフステージ赤羽北からなら車で10分もかからない場所にある。JR埼京線の線路沿いにあるこの工場は、板金関係の工場なのだろうか、河村の見たことのない機械がたくさんあることで記憶に残っている。


 人感センサーということは、人が動いた可能性があるため、先ほどのマンションの警報よりも緊張感が高まる。この工場は敷地内への駐車が認められているため、指定された駐車場へ停車させると、河村はキーボックスから鍵を取り出した。時間は22時を過ぎている。ひっそりと暗闇にそびえ立つこの工場は、なんとも言えず不気味であった。


 マンションと違って学校や会社関係はホントに侵入者がいる可能性がある。河村は腰から警棒を取り出して伸ばした。これ一つあったからと言って、別に強くなったわけでもないし、賊に対して威嚇になるかどうかも疑問だが、ないよりはましだろう。


 まずは外周巡回だ。外回りを一周して、窓や扉が破られていないかを確認する。もし、侵入した形跡があれば、中には入らずにすぐに警察を呼ぶマニュアルになっている。一通りの窓や扉を調べたが、破損したり割られたりしている様子はなかった。それだけでも、この中に賊がいる可能性がだいぶ低くなったことは確かだ。


「っ!」


 突然の轟音に河村が振り返ると、すぐ脇の線路を埼京線が駆け抜けていった。普段は何ともない電車の通過音でも、暗がりで一人だと何とも不気味なものである。


 駐車場へ戻り、事務所入り口にある金属ボックスを開けると、警備用のカードリーダーが収納されている。カードキーをかざし、警備警戒を解除すると、扉の鍵を開けてゆっくりと中に入った。端末データにある図面をもとに電気のスイッチを探して明かりをつけた。昼間のように明るくなった工場内を見回すと、明かりがあるかないかでこうも雰囲気が変わるものかと感心してしまう。


 工場内を歩き、反応した人感センサーを探していく。人感センサーは、感知するとセンサーに取り付けてあるLEDが赤く点灯し、どこが発報したのかわかるようになっているのだ。どうやら工場内のセンサーには異常がないらしい。残るは事務室と休憩室だ。確認をしようと歩き出すと、何やら話声のような物音がしてきた。一気に緊張感が走る。河村は警棒を握り締めると、ゆっくりと扉を開け、事務室と休憩室を覗いた。


 事務室に入ると、中には人影は見当たらなかった。


「ああ、こいつか。」


 床に散らばったA4用紙と誰かの机に置いてあったポータブルラジオを見てすべてを察した。複合機に近付き、FAXの履歴を見ると、発報した時間とドンピシャリ一致した。河村は散らばった用紙を集め、わかる範囲で順番を整えてFAXの受けトレーに戻し、音楽が鳴り始めたラジオの電源を切った。先ほどの話声はラジオパーソナリティの声だったようだ。


 つまり、FAXを受信したが枚数が多く、複合機から溢れて何枚かが床に散らばり、その用紙の動きを人感センサーが感知したのだと推察できた。案の定、事務室内の人感センサーは赤く点灯表示が出ている。実は、会社関係の人感センサーの発報はこのFAXから溢れた用紙に反応すると言うケースが少なくない。他にも、エアコンを付けっぱなしにして帰宅したために、送風口からの風によってカーテンがたなびいて発報したり、山積みになった書類が崩れて発報したりすることがある。そう言った場合は、FAXの向きを変えたり、書類を整頓するようにアドバイスを報告しておくのも河村たち機械警備に従事する者達の仕事である。


 河村はFAX用紙が溢れたための発報と報告書をまとめ、事務室の机の上に置いた。幸い次の警報は出ていない。マンションに戻って一服できるかもしれない。


 電気を消して足早に外へ向かおうとした時、


「キャハハ!」


 と言う子供の声と、


『カンカンカン』


 と言う階段を駆け上がる音がはっきりと聞こえた。河村はとっさに警棒を取り出すと、音のした方向にライトの光を向けた。しかし、誰かがいる気配もしない。それに、こんな時間に子供がいるはずもないのだが、万が一があると困るため、再び電気を付けて工場内を見回った。


 板金の道具などを置く物置になっているのだろう。工場の奥一角は、階段が付けられて半2階のようになっている。他に金属階段はないため、先ほどの音がしたのならここのはずだった。


「誰かいるのか?」


 河村は上に向かって声をかけたが返事はなかった。端末の入った肩掛けカバンを外して足元に置くと、左手にライト、右手には警棒を構えて、ゆっくりと階段を上っていった。子供と見せかけた賊がいきなり襲い掛かってくる可能性が捨てきれない以上、慎重に行動するしかなかった。今は初冬になろうかと言う11月の下旬だ。ひんやりしているはずの工場内だったが、河村の背中にじっとりと嫌な汗がにじんできた。


 ライトを照らしながら階段を上りきると、6畳ほどの広さの場所に棚があり、工具が置かれ、その脇にはなにやら袋や段ボールが積み上げられていたが、人影はおろか、子供ですら隠れるような場所は見当たらなかった。


 誰もいないことを確認すると、ライトを下ろして一度大きく息を吐いた。ライトを握っていた手は汗でびっしょりだ。よっぽど緊張していたのだろう。


「疲れてんのかな、おれ。」


 そう呟くと、ライトを腰のケースに戻し、警棒をしまうと、工場内を消灯し、外へ出て警備のスイッチを入れた。


 車まで戻り鍵をしまうと、誰もいないのを確認し、河村は煙草に火を付けた。ここなら通りからも死角になるし、この時間なら誰も来ないために煙草を吸ってもクレームになることはないだろう。吐き出した煙は、寒さで白くなった息と共に宙に舞って消えていった。さながら幽霊がすぅーっと消えていくような景色に、河村は身震いした。


 半分ほど吸ったところで、再び端末が出動を知らせる電子音を響かせた。


「なんだよ。煙草の1本も吸えないのか。」


 悪態をつきながら吸殻を携帯灰皿にしまうと、端末を取り出して情報画面を呼び出した。そこには北区区民体育館で侵入警報が発報した知らせが表示されていた。区民体育館は、ここから新河岸川を渡って区の反対側に位置している。急がなければ25分には間に合わなくなってしまう。ため息を吐きながら車に乗り込み、エンジンキーを回した。


 河村は知らぬことだが、この工場では10年以上前、近所に住んでいた工場長の子供が、父親の職場を見たいと忍び込み、板金を終えて駐車場に出そうとした車に轢かれて死亡する事故が起きている。それ以来、工場の中を走り回る子供の足音や、笑い声が聞こえることが頻発しているらしい。。。

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