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プロローグ的な前置き

 みなさんは警備員という職業をご存じだろうか。


 いわゆる守衛さんといわれる施設警備、道路工事現場などで誘導する交通誘導警備、花火大会やイベント会場でのトラブルに対応する雑踏警備、ATMなどのお金を回収し、輸送する現金輸送警備、特定の個人の周辺を守るための身辺警備などなど。一概に『警備員』といっても様々な種類の警備の仕事がある。


 それは、ある警備業界に身を置いた男が体験した不思議なお話をいくつかしよう。


 男の名前は河村忠秀(かわむらただひで)34歳。普段は拠点であるマンションの一室に詰めているが、仕事用の端末に警報の発報表示が出ると、すぐさま車で現場に向かって対応を多なう。いわゆる機械警備のパトロール員だ。


 警報のある場所は多岐にわたり、一般企業や学校、工場、高齢者住宅、店舗などなど。河村の所属する株式会社東京中央警備保障(通称・TCS)は、業界大手の警備会社で、機械警備、施設警備、現金輸送に身辺警護と、あらゆる警備業務に手を出している。



 今日の勤務は夜勤だ。河村たちの機械警備業務は、昼勤務が8時から20時、夜勤務が20時から翌朝8時までとなる。日勤と夜勤を組み合わせて勤務シフトを作っているので、正直生活は不規則だ。


 河村は十分時間に余裕をもって、拠点になっているロックエバーマンション201号室へ移動した。このマンションは河村の担当している東京都北区の一角にあり、JR赤羽駅を住宅地に抜けたところにあった。


 拠点と言っても2LDKの普通のマンションの一室である。一部屋は机や書類棚があり事務作業ができるようになっていて、もう一方は仮眠が取れるようにベッドとテレビが置いてある。リビングダイニングは装備品の棚や個人ロッカーが置かれ、河村を含めて4人のチームでこのエリアを担当している。


「お疲れ様です。」

「お疲れ様です。相変わらず河村さんは早いですね。もう少しゆっくりでもいいんですよ?」


 先輩の水田がそう言いながら書類をまとめていた。業務日誌を書いていたのだろう。水田は河村より先輩だが、年齢は二つ下だ。チームの中では一番面倒見がよく、仕事のノウハウを教えてくれたのも水田だ。


「早めにしていかないと遅刻しそうで。」


 そう言って、河村はロッカーに荷物をしまうと、制服に袖を通した。警備員の制服は警察官に類似しているが、法律では『明らかに違うものであること。』と定められている。TCSの制服は白地に紺と赤のラインが入っていて、清潔感を重視したデザインになっている。水田は引継を報告すると、早々に着替えを始めた。ここでグズグズしていると警報が連発し、帰るに帰れないという最悪なことにもなりかねない。


「それじゃあ、お疲れさまでした。」

「お疲れ様です。」


 水田が部屋を出ていくと、河村はキッチンの換気扇を回して、煙草に火を付けた。チーム4人で回すと言っても、勤務中は北区の広大なエリアを1人で担当するのだからゆっくりしている時間はほとんどないといっていい。入社して3年が過ぎようとしているが、いまだにヒマでゆっくりした時間を過ごしたことはなかった。業界大手とはいっても、最大手に比べれば小さな会社だ。北区1500件の契約先を1人で担当するのだから、早々ゆっくりすることなどできない。もっとも、河村がその事実に気が付いたのは入社してすぐのことだったが。



『警報のない時間は、マンションの一室で、ゆったりとした自分の時間を過ごせる仕事です。』



 そんなうたい文句に騙されて入社してきたやつは少なくないだろう。河村もその1人だった。わかってはいる。確かに、この部屋でゆっくりとした時間が過ごせるだろう。警報さえ鳴らなければ。


 1本目のたばこを半分ほど吸い終わった時だった。突然、パトロール用の書類カバンの中にある端末が鳴り始めた。聞きなれたこの電子音は、1500件の契約先のどこかの警報が鳴動したことを告げている。


 やれやれとため息をつき、もうひと吸いだけ紫煙をくゆらすと、河村は無造作にタバコを灰皿に押し付け、端末を手に取った。この端末には警報がどの契約先で発生したかが表示される。そこには契約先物件の名称や住所、取り扱っている警報の区分などの必要情報が記載されていて、すぐに移動できるように設定されている。


 端末の画面には、『ライフステージ赤羽北・一括』と表示されていた。河村は必要な荷物を持つと、鍵をかけてマンションを飛び出した。駐車場にあるパトロール車に乗り込んでエンジンを回す。警備業法で機械警備は警報発報から25分で現場に到着しなければいけないことが定められている。しかし、警備会社の車両は緊急車両には指定されていないため、赤信号はもちろん、駐車禁止でさえ犯すことは禁じられている。理不尽なルールである。


 こうして、いつも通りの夜勤が始まったが、今夜は特別な夜であることに、河村はまだ気が付いていなかった。

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