EP5:レーネと愉快な四天王たち
玉座の間は、魔王城において最も豪奢な施設である。
大きめのドラゴンが丸々一匹入るであろう縦長のフロアには、扉から玉座まで伸びる高級感漂うカーペットを挟むよう、等間隔で太い支柱が天高く突き立っており、絵画が描かれたアーチ状の天井をしっかり支えていた。
フロアの最奥に位置する玉座は天から差す光に照らされ、巨人でも座れるほどに大きく、この部屋の如何なる装飾よりも更に派手な意匠を施されていた。並みの者が足を踏み入れようものなら、この圧倒的な存在感に息を吞んでしまうだろう。
そんな迫力ある玉座の端に、レーネスカ・パゴス・ミデアノームは小さく佇んでいた。いつもながらの格調高い黒一色の重苦しいローブを身に纏い、その手には革表紙の分厚い本が抱えられている。
そして彼女の緑色の瞳には、玉座の前に佇む四つの影—―――王家を支える四天王達の姿が映っていた。
「皆様、本日は急遽お集まり頂きまして、誠にありがとうございます」
重苦しい空気の中、レーネが口を開く。
「今回お集まり頂いたのは、勇――――」
「レーネスカ殿。その前に一つ宜しいかね?」
そんなレーネの説明を遮り、四天王の一人が唐突に切り出した。声を発したのは、すらっとした長身に上品なロングコートを纏った、いかにも神経質そうな男性である。その片眼鏡から覗く蛇のような灰色の鋭い瞳が、レーネを睨みつけていた。
「……はい。何でございましょうか、レヴィア様」
レヴィアと呼ばれた男は小さく咳払いをすると、七三分けされた青髪をかき上げ、
「あなたは陛下の側近だったはずでは? 陛下のお傍を離れるとはどういう了見なのでしょうか?」
「申し訳ございません、私は陛下の側近であり秘書としての職務を果たすよう仰せつかっております」
「だからお傍を離れたと? 陛下に何かあったらどうするのですか!!」
男は狼のように鋭い顔を歪ませ、より一層声を荒げた。
「問題ございません。常に陛下の周囲には私の使い魔を侍らせております。何かあれば私と視界を共有できるようにしておりますので――――」
「それは陛下が入浴やお召し替えの時もそうなのですか!?」
「はい。如何なる時も――――」
「何という破廉恥な!!」
レヴィアという男は、握り込んだ拳をわなわなと震わせ、小さく「俺も側近になれば……」と絞り出すように声を出した。
「なんだ、それのどこが破廉恥なんだレヴィア?」
そんな奇妙な癇癪を起したレヴィアを見て、隣に立つ軽装鎧に身を包んだ獣人の女性が訊ねた。その栗色の短髪から突き立つ獣耳は、興味深そうにぴくぴくと動いている。
「分からないのかマルティシアス! つまりレーネスカ殿は、いつでもどこでも陛下のあんな姿やこんな姿を見ることが出来るのだぞ? それを破廉恥と呼ばずに何というのだ!?」
「なんだそれ面白そうだな。レーネ、私にも見せてくれよ」
マルティシアスと呼ばれた獣人女性は、際どい腰当ての内側から伸びる尻尾を振りながら、レーネを赤い隻眼で見つめる。それは傍から見れば犬のように見えた。
「……それは致しかねます、マルティシアス将軍」
「ちぇ、つまんねーな。でも別に、裸なんて見られて何も問題ないだろ?」
「貴様の裸体とは”価値”が違うのだ! そんなことも理解できんのか、この脳筋女が!」
「んだとテメェ。今すぐここで三枚におろしてやろうか?」
「いい度胸だ。貴様の軍勢ごと水底に沈めてやろうか?」
二人は凶悪な表情の顔を突き合わせ、メンチを切り合う。玉座は一触即発の空気が漂い始める。するとその時、
『おい痴話喧嘩なら後にしろバカ共!! こちとら四撤して参加してんだよ!』
くぐもった少女の怒声が、二人の間に割って入る。その声はマルティシアスの横に仁王立ちしている、何やら黒い瘴気を纏った屈強な鎧から聞こえてきた。