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EP4:レーネの忠誠

「なん、だって……!?」


 ヴェルナは顔を大きく引き攣らせる。

 それは王家の伝統を愚弄されたからではない。あのいつも仏頂面のレーネが、滅多に見せることのない強い眼差しを向けてきたからである。


 彼女はそこまでして何を訴えたいのか―――その答えはすぐに返ってきた。


「私はヴェルナ様がご健在であれば、他はどうでも良いのです。貴方を危険にさらすような伝統など、守る価値すらない」


「………レーネ、お前」


 内から込み上げてくる熱い感情に、ヴェルナの涙腺が緩む。そんな彼女に追い打ちをかけるかの如く、レーネは普段見せないような表情でヴェルナを真っすぐ見据えると、


「ヴェルナ様がいないと………私は……」


「もう良い。そこまで私を慕—―――――」


「タダでスイーツ食べれなくなるじゃないですか」


「いやそんな理由か貴様! 感動返せ!」


 殴りかかるヴェルナだったが、そのへなへなパンチラッシュはレーネの端正な顔を掠める事もなく躱されていく。「返せと言われましても」とレーネは呟きつつ、ヴェルナが息切れするまで攻撃を躱し切ると、


「まぁ他にも理由はありますが、ヴェルナ様が大切なのは本当ですよ」


「はぁ……はぁ……ふん! もう何言おうと、絶対お前にお菓子作ってあげないんだからな!」


 息切れしながらそう捨て台詞を吐くヴェルナ。そこには、魔界を統べる王としての威厳は欠片もなかった。レーネはそれを一瞥すると、わざとらしい口調で、


「それは残念です。せっかく邪波粘土から最新鋭調理機器を貰ったんですがねぇ……そういうことなら返品し――――」


「いや待て! やっぱり食いたいだけ食うが良いわ!」


 慌てて前言撤回するヴェルナはを見たレーネは、「なら良かったです」と悪い顔でほくそ笑んだ。


「話が大きく逸れましたが、私は伝統よりヴェルナ様を守るべきだと判断しました。しかし、伝統を汚したくないとヴェルナ様が仰るなら、それに沿った計画をご用意します」


 彼女の提言に「むぅ」と唸ったヴェルナは、しばらく考え込む素振りを見せた後、覚悟を決めたように口を開いた。


「………わかった。レーネの計画を採用しよう」


「ありがとうございます。それでは早速出かける準備を始めましょうか」


「え? もう今から勇者の所へ向かうのか!?」


「えぇ。魔界の報道各社が勇者宅を突き止める前に行きましょう。監視局経由でガセネタをいくつか流しましたが、持って一カ月程度でしょうから」


 あまりの展開の速さに驚くヴェルナ。一方そんな彼女とは対照的に、いつものポーカーフェイスを浮かべているレーネは「問題があれば何なりとお申し付けください」と余裕綽々の様子である。


「私は別に大丈夫だが……あの計画書にあった物を全て用意するのは時間がかかるんじゃないか?」


「あぁ……あれなら既に準備は終わっていますよ」


「へ?」


「ヴェルナ様なら計画を承認するだろうと思い、事前に完了しています」


 ぽかんとしているヴェルナに、レーネはちょっとだけ得意そうな表情を浮かべて説明した。


「もし私が断っていたらどうするつもりだったのだ?」


「その時は別の計画にそちらを転用できるよう、計画を練っておりましたから」


「そ、そこまで考えていたとは……流石は私の側近だ!」


 そう言ってレーネに抱き着くヴェルナ。レーネはそんな魔王直々のスキンシップを「暑苦しいです」と鬱陶しそうに突っぱねた。


「ひとまず私は四天王の方々へしばらく外出する旨を報告しておきますので、ヴェルナ様は身支度をお願い致します」


「それは構わんが……なんだ、私も挨拶くらい行くぞ?」


 そうヴェルナが言った刹那、レーネはばつの悪そうな表情を浮かべる。


「い………いえ、ヴェルナ様はお顔を出されない方が―――」


「いや、少しは魔王としての威厳を見せておかねば。勇者にビビっていると思われては困るからな」


「実際さっきまでビビり散らかしてましたけどね」


「そ、それは過ぎたことだ! これから挽回してみせよう!」


 とにかく私は行くぞ、と頑なに譲歩しないヴェルナに、レーネは仕方ないとばかりにため息を吐いた。


「………分かりました。それでは四天王の方々に”緊急会議”という形でお集まり頂くよう通達しますので、準備が出来次第玉座の間にお越しください」


「うむ、分かった! よろしく頼む!」


「いいですか、四天王からの支持率を下げない為にも”ちゃんとした”お召し物でお願いします」


「ふふ、心配性だなぁレーネは」


 こうして、それぞれの準備のためにバルコニーから立ち去った二人。

 

 しかし、この時二人はまだ知る由もなかった。

この計画が十数年後、魔界を震撼させる大事件に発展するという事など。

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