EP3:勇者謀殺計画
レーネは懐から取り出した巻物を、バルコニーにある石造りのテーブルに広げる。その紙に指を走らせると、不思議なことにインクもないのに文字が浮かび上がり始めた。
不思議そうに紙面を見つめるヴェルナを察してか、レーネは「邪波粘土製の筆記用具です」と捕捉する。
「お前好きだな邪波粘土商品……」
指を紙面に滑らせながら「プラチナ会員ですから」と零すレーネ。全く書いているように見えないにも拘わらず、文字や図が次々と浮かび上がっていく光景に、ヴェルナは「すごいな!」と興奮気味であった。そして、
「お待たせしました。名付けて、勇者謀殺計画です」
バンとレーネが叩いた紙面には、時系列で各イベントが記述され、何が必要で、それがどう影響するのかが事細かに書かれていた。
「お、おお……なんだか準備がいっぱい必要なんだな」
「そうですね。ただしこれらは殆どが私の仕事です」
「ふむ、なるほど……だが本当にこれで、痛い思いをせず勇者を倒すことなんて出来るのか?」
その問いに「はい」と即答したレーネだったが、ヴェルナはなおも怪訝な表情を浮かべる。
「母上が言っていたぞ? うまい話ほど裏があるから気をつけろと」
「側近を何だと思ってるんですか――――まぁ、あるにはありますが」
「いやあるのかよ!」
「といっても、多少の精神的苦痛を味わって頂く程度です」
そう告げられたヴェルナは、一気に面倒くさいと言いたげな表情を浮かべる。
「えーやだ。レーネがそう言うって事は相当キツイのだろう?」
「いえ、私は大丈夫です。魔界の脅威であれば、どのような事情の相手であろうが躊躇なく手を下せますから」
親指を立てて、首を切るジェスチャーをするレーネ。
「なんだそういう事か。心配するな、私も相手が誰だろうと容赦はせぬ!」
そう腰に手を当て自信満々に言い切ったヴェルナ。だがそんな様子を見たレーネは訝しげな表情で「ならいいのですが」と意味有り気に呟いた。
「で、結局これはどういう計画なんだ?」
「超ざっくり言うと、勇者と仲良くなってぶち殺そうという計画です」
「は、はぁぁぁ!?」
今日一番に素っ頓狂な声を上げたヴェルナは、レーネに思いがけず詰め寄る。
「ゆ、勇者と仲よくってどういうことだ!? 気でも触れたかレーネよ!?」
レーネの体をぐわんぐわんと揺さぶるヴェルナ。そんな状態であっても顔色一つ変えないレーネは、
「私はこれが最善だと判断しました」
そう冷静に切り返し、ヴェルナを困惑した表情にさせる。これまであらゆる面倒くさい決定事項をレーネに委ねてきた彼女だったが、天敵と親交を深めるという前代未聞の提案は、流石の彼女も容認しがたい物だった。
「そもそも、臣下たちにはどう説明するというのだ?」
「いえ、これは私とヴェルナ様だけの秘密の計画となります」
レーネは「流れをご説明します」と言うと、再び紙面に手を触れる。彼女が言うに、計画のあらましはこうである。
一、まずは勇者と親密な関係を築く。
二、隙を突いて勇者の体に使い魔を潜伏させる。
三、人間界でしばらく過ごさせる。
四、魔王城に襲撃してきたら使い魔に体を乗っ取らせる。
五、傀儡化した勇者を決闘時に倒し勝利する。
「いかがでしょうか? これならば血を流すことなく、決闘も果たすことで支持率も維持、若しくは上昇が見込めると思いますが」
そんな一通りのレーネの説明を聞き終えたヴェルナの顔は引き攣り、青ざめていた。
「体を乗っ取らせるとか、なんだか物騒な計画だな……」
「勇者に遠慮は必要ないでしょう。それとも直接戦いますか?」
レーネの言葉に、ヴェルナは勇者の情報を思い出し戦慄する。四天王より強いゴーレムを一撃で粉砕したという勇者と、今の自分が直接対決して勝てるだろうか。
「いやそれはやめておこう……しかしだな」
「しかし?」
「決闘が茶番だなんて………臣下達を騙すというのか?」
先ほどの膨大な声援が示すように、臣下達は勇者との決戦を望み、本気で応援してくれているのだ。果たして、それを受けておきながら、決闘をただの茶番で済ませて良いのだろうか。
しかも、勇者との決闘は先代魔王達が幾度となく行ってきた王家の伝統行事でもある。それに泥を塗るような真似を、ヴェルナは我慢できなかった。
するとそれを察してか、レーネは「お気持ちは分かりますが……」と切り出すと、
「現状の魔界とヴェルナ様を守るためには、致し方がない事と存じます。勇者の存在が露見した今、魔界中が勇者と魔王の対決に注視している状態であり、それが経済面にも大きな影響を与えています」
「しかし、伝統ある決闘の歴史に泥を塗るような真似など……!」
なおもそう食い下がるヴェルナ。それに対しレーネはため息をつくと「ヴェルナ様」と静かに切り出した。
「………王家に仕える身でありながら、大変失礼を承知で申し上げます」
「な、なんだよ……?」
何やらいつもと雰囲気が異なるレーネに、思わず身構えるヴェルナ。そんな彼女の観察眼は正しかったらしく、
「私は王家の伝統など、心底どうでも良いと考えております」
そう、突拍子もない事を言い出したのだった。