EP2:勇者という名の怪物
「お言葉ですが………汚いので離れてください」
「どうしてそんなに冷たいんだ!?」
冷たい視線を向けられたヴェルナは、彼女により一層強くしがみ付く。
「私は失望してるんですよ。王座を託された者が、この程度でビビり散らしていることに」
「うぅ……」
「………冗談ですよ。確かに勇者は脅威なので、お気持ちはよく分かります」
視線を落としたヴェルナを楽しそうに見つめながら、レーネは諭す。
「そ、そうだよな……だよな!」
「というより、何故敗北する前提なんですか?」
腰にしがみ付くヴェルナの頭を、ポンポンと触るレーネ。
「だって勇者って………恐ろしく強いのだろう?」
「まぁ歴代の勇者全員がそうだったかは不明ですが……」
レーネは腰のベルトに提げられたポーチを開けると、そこから革手帳を取り出して読み始める。
「文献によれば魔術とは異なる不思議な力が使えたり、特別な武装を扱えるようです。ヴェルナ様は、先王陛下から何か聞いていらっしゃいますか?」
「ち、父上から?」
「はい、実際に勇者を倒されているワケですから」
「………確か、神出鬼没かつ地の果てまで追いかけてきて、捕まったが最後、永遠に服従させられるとか何とか」
「怪談ですね」
「あと母上が言うには、その歩みは地割れを起こし、指一つで海を割いて山を砕き、全ての攻撃を跳ね返すと言っていたぞ」
「なるほど。誇張が酷いので、お二人を情報源とするのはやめましょう」
レーネは大きくため息をつくと、
「そんなに勇者との決闘が怖いですか?」
「うぐっ……こ、怖くないに、決まってるだろ……!」
レーネに顔を押し当て、震えながら答えるヴェルナ。
「説得力がありませんね。というか、そんなに怖ければ……」
「怖ければ……?」
「今のうちにブッ殺しに行けばいいだけなのでは?」
そうレーネはハッキリと言い切る。ヴェルナはその提言に怪訝な表情を浮かべた。
「え、今のうちってどういう事だ……?」
「私の使い魔から得た情報だと、現在の勇者は人間でいうところの4、5歳児相当と思われます」
「5歳!? 私より90歳も年下じゃないか!!」
うなだれていたヴェルナの瞳に、希望の光が差す。
「そうです。やや姑息ではありますが、ヴェルナ様も人間界でいえば十分子供と思われるので、支持率自体に影響はないでしょう」
魔界史上類を見ない決闘になりますが、と言ってレーネは手帳を閉じた。一方のヴェルナはというと、
「………………くっくっく、よく考えたなレーネ!!」
怯えた小動物のような態度から一転、彼女は何事もなかったかのようにレーネから離れると、目元を袖で拭い腰に手を当て自信満々の表情を浮かべた。
「私はこれから勇者を討伐しにいく! 迎え撃つのではなく、逆にこちらから攻め入るのだ!!」
「流石ですヴェルナ様。半泣きで震えていた方の言葉とはとても思えません」
「ち、違う! これは部下たちの応援に感極まっただけで……」
レーネから差し出されたハンカチで鼻水を拭いながら、ヴェルナは恥ずかしそうに目を逸らす。しかし、
「あ、そういえばお伝えし忘れていたのですが……私が派遣した使い魔たちの内一体が、勇者によって粉砕されました」
「そうかそうか……………………………え?」
レーネの報告に、ヴェルナはピタリと笑うのをやめた。
「使い魔を介して勇者を監視していたのですが……岩山に偽装させていたゴーレムを吹き飛ばし、再起不能にする様子が確認できました。しかもワンパンで」
「わんぱん………それって伝説の武器?」
「素手で一発ぶん殴ったって意味ですね」
それを耳にしたヴェルナの顔から、次第に血の気が引いていく。
「……ど、どうせ粗末なゴーレムなんだろう?」
「失礼な。闇市で取り寄せた邪波粘土製の発禁ゴーレムですよ」
「ま、魔界最大手の工房じゃないか……って発禁!?」
「えぇ。耐久試験で四天王全員の攻撃に三万回耐えた上、その一柱であるベルチゴール様を誤作動でボコボコにし、全治二カ月の怪我を負わせたとして発禁処分となった曰くつきゴーレムです」
「四天王……ボコボコ……全治二カ月……ワンパン……」
魂の抜けたような顔で、呪文のように情報を復唱するヴェルナ。その顔は、次第に不安と恐怖で歪んでいく。
「だから万全の策を―――って、聞いてますかヴェルナ様?」
あわあわと明らかに動揺を見せ始めている彼女に、レーネは問いかけた。
「……レーネよ」
「はい?」
「いっ……今まで私に付いてきてくれてありがとう……!!」
そうボロボロ涙と鼻水をこぼしながら、再びヴェルナはレーネにしがみ付いた。
「死ぬときは一緒だ!」
「いやですよ、私を道連れしないで下さい」
レーネは鬱陶しそうな顔でヴェルナを引き剝がすと、
「まぁ確かに、今の状態で勇者と戦えば、ボコボコになるのはヴェルナ様でしょうね」
「フハハハ、よくわかってるじゃないか!」
「……なに開き直ってんですか。ただ策を練れば、こちら側が血を流すことなく、支持率も下げずに丸く収めることが出来るはずです」
「へ?」
「一つ、考えがございます」
そういうとレーネは、腰の小さなポーチから、古めかしい巻物を取り出した。