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第6話 人の魂を食うもの

「どうするつもりです? 水瀬さん」

「んー? 何が? 」


 さっきから、空き病室で、水瀬さんは唇をとがらせて考え事をしている。

 俺は、はあっとため息をついた。


「だって、空き病室はあったものの、『良くないもの』に憑かれてるのが、あの妊婦さんの霊ですよね? 」

「死にたてほやほやだからねえ。そりゃあ、美味しそうに見えるよね、あっち側からしたら」


 水瀬さんは、組んでいた腕を解いて、置いてあるパイプ椅子に座った。

 ちなみに、看護師さんたちに事情を話すと、「ああ、死神の方ね」と快く協力を申し出てくれた。

 割と、俺たちみたいなものは、日常生活に浸透しているのだ。


 水瀬さんは、今度は足を組む。

 長い足だ。

 思わず、俺はごくりと喉を鳴らした。

 やばい、あの紗菜の足には欲情しなかったくせに、水瀬さんのスーツに身を包んでいる足には欲情してしまいそうになる。


 二人っきり。

 紗菜が今、双眼鏡であちこちを見て回っているというのに、二人きりというだけで、意識してしまう。


「オレたちが『カンナ』と呼んでいるのが、その『良くないもの』なんだけどね。これは、紗菜ちゃんがいる時に説明しておいた方が良かったかなって思ってて」

「カンナのことですか……確かに、紗菜は現場、初めてですからね」


 紗菜のことを出されて、俺はピンク色になった脳をどうにか正気に戻した。

 まさか、カンナだと知って、紗菜がちょっかいを出すようなことはないと思われる。

 あんなものを見たら、誰だって手を出そうとは思わないだろう。


「まあ、紗菜ちゃんから手を出さなくても、追いかけっこにはなるだろうけどね」

「……? それはどういう――」


 次の瞬間だった。


「お兄ちゃあああああああん!! 水瀬さああああああああああん!! 」


 今にも泣きそうな悲鳴が聞こえてくる。

 と、同時に、スニーカーのきゅきゅきゅ! という病院の廊下を走る音が聞こえてきた。


「紗菜……! 」

「玲央くん、誘導して! 」


 水瀬さんはパイプ椅子から立ち上がると、俺に指示を出した。

 俺は、慌てて病室のドアを開け、こっちに向かって走ってくる紗菜に手を振る。


「こっちだ、紗菜!! 」

「はっはっはっ……」


 紗菜の後ろを見ると……おおう……真っ黒にふくれあがった、金魚の獅子頭の頭のような、俺たちの呼ぶ『カンナ』がその六本足を使って追いかけてきた。


 紗菜と、それを追いかける『カンナ』が病室に入ったところで、俺は扉を閉じる。

 室内に入ったカンナは、執拗に紗菜を探して、金魚の頭の部分から出ている腕を使って探知している。


「紗菜ちゃん、オレの後ろに」


 そう、水瀬さんから声をかけられた紗菜は、こくんとうなずいて、水瀬さんの背後に滑り込んだ。

 そのまま、水瀬さんの肩に手をかけて、カンナをうかがう。


「な、なんなんですかこれえ……」

「これは、『カンナ』だよ。いわゆる心霊スポットとか幽霊が出た、というのは、実はあんまり怖くないんだ。相手が人間の幽霊だったらね。でも、オレたち死神が取りこぼしたり、何らかの理由で現世に残ってしまった幽霊を『食う』ものがいるんだ。幽霊を食って強力さを増したカンナは、周りの人間を殺してまた、自分の餌にしようとする」


 水瀬さんに説明されながら、紗菜は体を縮める。

 あのお気楽魔人の紗菜だって、怖いものは怖いらしい。


「紗菜ちゃんに行かせたのは、まだ死んでから時間が経ってないし、もしかして幽霊と間違ってカンナが捕食しにくるかなって思って。ごめんね」

「そ、そんな理由で……! 」


 紗菜は、怖がっていたかと思うと、今度は怒ったらしく、顔色を変えて黙った。


「待ってください水瀬さん、それじゃあ、紗菜が危ないって知ってて、行かせたんですか!? 」

「まあまあ、君たち。まあまあまあ」


 水瀬さんは、誤魔化そうとする。

 しかし――


『ギエエエエエエエ!! 』


 そんな、鳥のように甲高い鳴き声を上げたかと思うと、カンナが水瀬さんの背後の紗菜に向かって、腕を伸ばした。

 そんなカンナの腕は、水瀬さんの体に触れる前に、炭化してぼろりと崩れる。


「大丈夫。こいつらはオレに触れられないから」

「腕が崩れていく……どうして……? 」

「カンナは、基本的に『木気』をまとっている。生命とか、植物とかそういう感じのやつだね。対してオレは『金気』。鉱物とか金属の気だ。木気は金気とは相性が悪いんだよ」


 俺は慌てて、「オン、ベイ~」と真言を唱えた。

 そして、まっすぐに両腕を突き出す。


「カンナを霧散させます、水瀬さん」

「うん、お願い」


 水瀬さんの許可を取ってから、俺は「マンダヤソワカ! 」と真言を唱え終わり、突きだした腕に仏の気をまとわせた。

 戦神、毘沙門天の力だ。


 そのまま、俺は跳躍した。

 紗菜の方に集中しているカンナの背後から背中を駆け上る。


 そして、頭へと双剣と化した両腕を振り下ろした。


『グアッ! ガアアアアア!! 』


 カンナの司令塔となっているのは、人間と同じく頭である。

 この頭を攻撃すれば……


『ガアアアアアアアアアアア!! 』


 カンナの真っ黒な体が、弾けた。

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