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第5話 見抜かれた秘密

 俺と――神崎紗菜……おそらく偽名、は、瞬間的に目を合わせた。

 しかし、昨日今日会ったばかりの他人と、意思疎通などできるはずもない。

 しかも、騙そうとしているのはよりにもよって水瀬さんである。


「だ……大学の方はどうなんだ? 」

「う、うん! ばっちり手続きも終わったよん! あとは住民票移すだけ! 」

「そうか。……あ、水瀬さん、こいつ、家の事情で『昨日から』俺の家に下宿する、従兄弟です。大学生になったばかりです」

「家庭の事情、ね……」


 あ、やばい。

 水瀬さんは、少し引っかかったようで視線を俺から逸らしたが、すぐに「そうなんだ? 」と人好きのする笑みを浮かべる。

 セーフ……か? 


「うん、大学生なら、今のこの時間にうろうろしてても大丈夫だね」

「そうです、その通りで! こいつ、童顔だから、すぐ補導とかされちゃって! 」

「嘘だよね」


 一瞬で見抜かれた。

 俺と紗菜は、再び瞬間的に目を合わせる。

 しかし、視線は泳いだままであった。


「う、嘘はついてないんですけどね! 」

「だって、オレ、紗菜ちゃんの事件、担当したもん」


 ん?

 事件?

 なんだか急にきな臭い話になってきた。


「本名、真鶴紗菜まなづるさな。17歳。死亡月日、5月20日。死亡原因は――」

「や、やめてください」


 すると、紗菜は、急に顔を真っ青にして、小さく両手の拳を握りしめると、やはり小さな声で言った。

 その拳は、カタカタと震えている。


 俺は、紗菜が初めて、恐怖するところを見た。

 知らない人間の家に平気で泊まれる女子高生が、恐怖するところを。


「やめてください。私、私、なんでもしますから。あなたの知っている『私』をなかったことにしてください。お願い、お願いします」


 俺は、初めて見る紗菜のか弱い姿に呆気にとられていたが、すぐに水瀬さんに顔を向ける。

 

 水瀬さんは、困ったような、哀れんでいるような、慈愛を含んだ瞳で、そんな紗菜を見ていた。


「事実は、いつかきっと知られてしまうよ? 」

「それでも、です。私は、『神崎紗菜』で、大学生。牡牛座のB型。そして――」


 と、紗菜は、こくんと喉を鳴らした。


「あなたたちと同じ、死神として派遣されています」



 俺は、喉を詰まらせる。

「ぐっ」という声しか出てこない。

 水瀬さんを見ると、やはり、困ったような表情で、紗菜を見ていた。


「現役JK死神……」

「へ? 」


 紗菜が、驚いたようにお辞儀をしていたような姿勢から、立ち上がる。


「素敵じゃないか! 17歳の女子高生死神だなんて、看取ってほしい人、沢山いると思うんだ! 」

「お、おおう……」


 俺は、水瀬さんが紗菜の両手を取って、「ルンルン♪ 」とフォークダンスのように踊るのを見ていた。

 紗菜は、やはりきょとんとしながら、手を取られるままになっている。


「紗菜ちゃん、君の出生を勝手に話すようなことをして、ごめんね。これからはオレ、『神崎紗菜』ちゃんの誕生をここに祝うと共に、そこの神崎くんと一緒に、君を一人前の死神にしてあげるからね! 」

「えええ……」


 俺は、露骨に嫌そうな顔になった。

 生活面でも、紗菜の面倒を見なければいけないというのに、今度は死神としてもパートナーになれ、だと?

 

「あ、でも、神崎くんとは、同じ『神崎』姓になっちゃうから、被っちゃうね? 神崎くん、君を下の名前で呼んでも良いかい? 」

「あ、え……」


 俺は、上手く言葉が出てこない。

 水瀬さんのことは、死神になってからずっと下の名前で呼ぶことを強いられていたが、まさか俺の名前を呼んでくれるとは!?


「あ……れ、玲央です。『神崎玲央かんざきれお』……」

「うん、知ってる。しっかし、1年も下の名前で呼ばれてないというのは、なかなか下の名前って不遇なものだね。だからといって、勝手に下の名前で呼んじゃうと、今度はセクハラとかそういう問題になるし、先輩としては結構気を使ったんだよ? 」


 水瀬さんは絶好調だ。

 ん? でも、今の話の流れだと、水瀬さんは俺を下の名前で呼びたかったけど、おおっぴらに呼べなかった、という解釈もできる。

 

 まあ、それより何より、俺は、意中の人から下の名前で呼ばれる、という喜びに打ち震えた。


「よろしくね、紗菜ちゃん、玲央くん」

『よ、よろしくお願いします! 』


 俺たちは、そろって頭を下げた。

 すると、紗菜がするりと自然に、俺の腕を取る。

 そして、「ラッキーだね、お兄ちゃん」と小声で囁いてきた。


 というか、やっぱり「お兄ちゃん」呼びは決定事項なのか。


「さあて、ところで、初仕事なんだけどね、紗菜ちゃん」

「は、はい! 」


 紗菜は、ぴんっと背筋を伸ばす。

 どうやら、水瀬さんに『本当のこと』を知られているのがそんなに嫌なことらしい。


「まず、この双眼鏡あげるから、それでこう、『悪意の溜まり』みたいなものを探してほしいんだ。この病院内全部」

「え……全部、ですか? 」

 

 紗菜は、雑に投げ与えられた双眼鏡を受け取ると、水瀬さんに聞く。

 水瀬さんは、「そう」とうなずいた。


「それで、その悪意の中で、とびっきり厄介なやつを探してきてほしい。オレと玲央くんは、看護師さんに事情を話して空き病室を作って貰う。行くよ! 」

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