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第4話 はぐれた魂

「……坊主、この仕事始めて何年だ? 」

「1年経つくらいじゃないですかね? 俺もあんまり記憶力良い方じゃないんで、詳しくはわかりませんけど」


 俺と、刑事である「正木勝利まさきしょうり」は、『立ち入り禁止』のその向こう側……マンションの裏側へと足を向けた。


「1年か。だろうな。小憎たらしい加藤だったら、今みてえなへまはしねえしな」

「どういうこと――」


 俺は、胸元のタリズマンを指さされて、はっと口をつぐんだ。

 しまった、裏返すのを忘れていて、通行人に現場に入っていくのを見られた。

 俺は、慌ててタリズマンを付け直したが、正木刑事は足を緩めるふりすら見せない。

 全く、刑事というのは薄情なものである。


「お前らの専門は『はぐれ者』だからな。本来、死ぬはずのなかった奴らを上にげる。そうだろ? 」

「そうですね。本当なら、死神は、決められた寿命が近づくとその人間に憑くはずです。しかし、何らかの原因で死神が憑く前に死んだ人間が俺たちの管轄」

「ふん。わかってんなら良いんだ」


 なんだか、今日は正木刑事は俺にやたらと説明をさせる。

 どうだっていいだろ、初対面でもねーんだし、と俺は少しイラついていた。


「死ぬ予定がなかったのに、死んじまっても、助けてくれないとか、神様もひでーこと言うよな」

「まあ、死んじゃったらしょうがないって感じじゃないんですか? そのために俺らみたいなセーフティネットがあるわけですし」

「セーフティネットねえ。手違いだってなら、生き返すくらいはしてもらっていいはずなのに、よ」


 

 と、そこで、俺は、妙な胸騒ぎというか、違和感を覚えた。


 何かが引っかかる。

 何だ、この感覚は?


「ぼーっとしてんな、早く仏さんを昇げてやれよ」


 そう正木刑事にせかされ、俺は慌てて、マンションの非常階段を一歩一歩登り始めた。



「今日のは特にエグいぞ? 気をしっかりもてよ」


 正木刑事にそう告げられ、俺は、マンション3階の突き当たりの部屋にやってきていた。

 辺りには既に警察やら何やらが慌ただしく駆け回っており、物々しい雰囲気に、マンション住人が『keep out』のテープを貼られた部屋の方を、不安そうに見ている。


 ここに、警察でもなんでもない、一般人の俺が紛れ込むと、後々面倒なことになるので、役立つのが太陽のタリズマン、というわけだ。


 室内に入っただけで、むわっとした、死臭が漂う。

 俺は、思わず咳き込んだ。

 と、同時に、スーツ姿の男が、開け放された洗面所で盛大に反吐を漏らしている。

 一体どれだけのものなんだ? と、俺は身震いした。


「これだ」


 正木刑事は、それを顎でしゃくる。

 そう。

『それ』だった。

 もはや、これは人間ではない。

 蹂躙され尽くした、女の亡骸だ。


 妊婦だったらしく、その女の腹は大きく膨らんでいたが、その腹は割け、ぽっかりと大穴が開いている。

 俺は、さすがに唖然とした。


「……胎児は、臨月だったのと、帰宅した父親がすぐに気付いたために生き残った。まあ、これが不幸中の幸いだわなあ、しかし、ひでえことしやがる。妊婦の腹を割いて、胎児を取り出す……なんてな」


 さすがに正木刑事は、場慣れしているせいか、ため息をついただけで、そのご遺体を見下ろす。

 正直、俺も吐けるのなら吐きたい気分だったが、父親らしき人物が洗面所を占領している状態では、辛うじて胃液を無理矢理飲み込む程度だった。


「……仏さんは」

「ああ。ここにいねえのか? なら、胎児の運ばれた病院かもしれねえな。母親ってのは、そういうもんだろ? 」


 俺は、うなずく。

 一部を除き、女性というものは我が子に執着するものだ。

 正木刑事は、再び顎をしゃくった。


「行ってやれ」

「はい。その、『連絡』ありがとうございました」

「いいって。全く、死神が『わかる』目、なんて持たなきゃよかったぜ」


 正木刑事は、そう言って、自嘲気味に笑った。

 俺は、笑わなかった。



――

 搬送先の病院は、現場から自転車で5分ほどの場所だった。


 そこで、聞き覚えのある声がしてきた。


「わあ、赤ちゃんかわいい~! 」

「まだ小さいだろう? 指を手の中に入れると、ぎゅっと握ってくるんだよ」


 新生児室で、ばったり会ったのは、背の高いメッシュ入りの髪……水瀬さん。

 それと、アーモンド型の大きな目をした……あの少女……!?


「み、水瀬さん……」

「あ、神崎くん、やっときた! 」


 水瀬さんは、にっこり笑うと、少女を紹介するように、手を差し伸べる。


「こちら、神崎紗菜かんざきさなさん。君の、従兄弟だよね? 」

「お兄ちゃん! 引っ越し手続き終わったよん」


 そう言われ、俺は、軽く混乱する。

 神崎紗菜? 俺の従兄弟? どういう設定?

 しかし、俺は、なんとか平静を保つと、口元にぎこちない笑みを浮かべた。


「さ、紗菜、元気そうじゃないか」

「うん、もう元気バリバリ! ごめんねー、急にお兄ちゃんのところに押しかけちゃって」


 水瀬さんはニコニコして俺たちのやりとりを見つめているが、勘の良い水瀬さんにいつ、この嘘がばれるかわかんねーのに、よくそんなにヘラヘラしてられんな! と思うくらい、『神崎紗菜』はごきげんで俺の方に向かってきた。

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