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第3話 死神



――回想終了。



 俺は、そんなこんなで、その少女を急遽、養うことになったのだった。



「神崎くん、何考え事しちゃってんの? 」


「な、なんでもないです」



 水瀬さんに顔をのぞき込まれ、俺は思わずのけぞった。


 近い近い!



 あんた、1年前に俺がここに所属されてから、ほぼ毎晩俺の息子がお世話になってるんだぞ!? と言いたくなる。


 息子って、あれだよ。


 みなまで言わせるな、わかるだろ、俺だってまだ若いんだ。



 水瀬さんは、途端に破顔する。



「良かった。最近、神崎くん、オレのこと構ってくれないからさ」


「か、構ってって……そんな、猫か何かみたいに……」


「おや、神崎くんは猫派? 今のオレの言い方だと、犬っぽく聞こえるように言ったんだけど? 」



 うう。


 こういう風に、人の揚げ足を取る、嫌なやつだと、この人は誤解されがちである。



「冗談冗談。オレは猫も犬も大好きだよ」



 全く、水瀬さんはなまじ顔が整っているから良いけど、俺なんかにこういう風に構っていて良いのだろうか? と思う。


 それに、水瀬さんと距離を置いているのは、単に俺が彼への好意を自覚してしまい、照れてしまうからなのだが。



 と、そこで、事務所の電話が鳴った。



 俺は、とっさに受話器を右手に取り、左手でペンを持つ。



「はい、『葬儀会社 ゆとり』です! 」



 思いっきり、声だけは爽やかでにこやかな雰囲気を出せるように、俺は気を使った。


 元々は、そういう愛想を振りまくことは苦手だったが、さすがに1年もここに所属されていると、どんなに落ち込んでいても、イライラしていても、声だけは明るくはきはきと答えられることができるようになった。



 水瀬さんの方を見ると、自分の唇の端を、くいくいっと両手で広げてみせている。


『スマ~イル』ということだ。



「ご葬儀のご相談でしょうか? 」



 そう、聞いた時だった。



『チッ……相変わらず葬儀屋って言ってんのか、お前らの事務所は』



 そう、嫌な、しゃがれた声が聞こえてくる。


 俺は、水瀬さんに、受話器を指さして、『厄介な相手です』と合図を送った。


 水瀬さんは、肩をすくめる。



「あの……ご依頼でしょうか? 」


『ご依頼もクソもねえぞ、坊主。バラしだ。すぐに来い。場所は……』



 俺の必死の営業スマイルも、この依頼主にとっては全くどうでもいいことなのだろう。


 俺は、左手のペンで下手くそな字を書き留める。


 依頼主は、勝手に住所を喋ってから、すぐに電話を切ったようだ。



「……ふう」


「大変だね、神崎くん。また警察かな? 」


「バラしって言ってましたし、そうなんでしょう。しかし、池袋もだいぶ治安が悪くなりましたね。ひっきりなしに殺しだの自殺だの言ってくる」


「まあ、池袋自体が元の土地が良くないんだよね。池袋って古戦場だから」


「じゃあ、一応仏さんが『昇って』ないと面倒なんで、『お迎え』行ってきます」


「よろしく~、頑張ってね」



 ひらひらと手を振る水瀬さんに後ろ髪を引かれつつ、俺は自分のデスク……ご丁寧に一番窓際で、夏は冷房・冬は暖房で寒いか暑いかしかない最悪の間取り……にある机の引き出しから、「太陽のタリズマン」を引き出す。



 円盤に紐が通されたそれを首に掛けると、ふっと、辺りの景色が変わった気がした。


 そのまま俺は、透明なガラス張りのドアに向かって走って……そして、肋骨辺りに衝撃。


「ぐふう」と声を出して、そのままドアに弾かれる。



「あーあ。だめだよ神崎くん。太陽のタリズマンは、『透明化』だけだって。衝撃は普通に来るんだから、身につけるのなら『現場』に着いてからじゃないと」



 湯気の立つ紅茶を飲みながら、水瀬さんが少し楽しそうに言う。




 そう。


 俺は、既に死んでいる身である。



 この事務所は、表向きは『葬儀会社 ゆとり』の名を掲げているが、本来の依頼とは、いわゆる『死神』業である。


 非業の死を遂げた人物を、『上』と呼ばれる、どこかに送る。



 それが、俺たちの本当の依頼であった。



『上』が何を指しているのか、俺たちには知らされていないし、送った魂がどこに行っているのかすら、知らない。


 だが、システムとしてそうなっている以上、俺たちは必要とされている仕事をこなすだけなのだ。




――現場到着。



 東京では、自家用車も、バイクも、ステータス程度にしか必要がない。


 鉄道類が網目のように張り巡らされているし、移動だけなら自転車かタクシーで十分である。


 俺は、初給料で買った、自前のロードバイク……いつもは事務所に駐車している……を駆使して、マンション下に到着した。



 まだ、体を動かすと汗ばむくらいの陽気だったが、風は段々冷たくなってきていて肌に心地良い。


 一度死んだはずの体でも、そんな感覚はあるんだな、と、最初の頃は不思議に思っていた。



 一応、太陽のタリズマンは裏返して身につけていて、今の俺は普通の人間にも見える、ただの一般人である。


 さすがに公道を自転車で走るため、タリズマンを裏返していないと厄介な事故に巻き込まれるかもしれない。


 教えてくれた、事務所の扉に感謝だ。



「おう。坊主か」



 今時、くわえ煙草の、白髪が目立つ中年男が、俺に向かって手を上げる。



 さあ、仕事の時間だ。


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