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第2話 「俺を男にしてください」



 家出少女を保護して1日。



 俺は、身支度を調え、ぎゅうぎゅう詰めの通勤ラッシュに身を投じた。



 アパートのある赤羽から埼京線でほんの少し。


 実に通勤に便利な池袋が、俺の職場だ。



 駅前通を歩き、裏道に入ってから徒歩7分。


 俺のおんぼろアパートと同じくらい、おんぼろなビルディングの一つに、職場は居を構えている。




「おはようございます」



 俺は、ガラス張りのオフィスに足を踏み入れた。


 外見こそおんぼろビルディングだが、オフィス内は実に手入れがされ尽くしていて、なかなか居心地が良い。


 四脚ほどの椅子とデスク。ネットワークにも繋がっており、ぱっと見た限りでは普通の事務所に見える。



「おはよう、神崎くん」



 穏やかで品のある声が聞こえて、俺はそちらに目をやった。


 そして、すぐに90度、腰を曲げた。



「おはようございます! 水瀬さん! 」


「相変わらず真面目だなあ。ほら、座って座って。ちょうど紅茶を淹れようとしてたんだ。君が来そうな気がして」



「虫の知らせだったり? 」と茶化すと、その人――加藤水瀬は、いたずらっぽい笑顔を向けてから、給湯室に姿を消した。


 こう書くと、水瀬さんは、穏やかなはんなりとした中性的な男性だか女性だかわからない人に思えるだろう。



 しかし、水瀬さんは、175cmの俺より、背が高い。


 180cmはあるであろう、羨ましい体型だ。


 しかし、全体的に筋肉質というよりほっそりとしていて、縦に長い印象を持つ。


 顔は、眼は薄茶色、シュッとしたラインを描いている。


 髪型も、ほれぼれするような真っ黒の髪に、ところどころ白いメッシュが入っている、独特な髪色をしている。



 そして、俺より年上。


 これで、仕事もそこそこできて、人当たりも柔らかく、怒ったところを見たことがないほどに穏やかな性格をしている。



 完璧だ。



 そう、俺の行き詰まりに詰まった恋路とは――



 俺は、同じ男である、加藤水瀬さんに恋をしているのだ。




――さかのぼること昨日。



「え、あんたホモなの? 」



 本当に煮詰まって、あの拾った少女……名前はなんと呼べば良いか、そういえば聞くのを忘れていた、その少女は、きょとんとして俺の告白を聞き返した。



「ホモって言うな。俺だって、この年まではノーマルだったんだ」


「でも、今はホモなんでしょ? 」



 そう言われ、俺はぐっと言葉に詰まった。


 何も言い返せない。



 実際、少女が言うとおり、俺は世間一般的な常識から言うと、ホモであることには間違いないのだから。



「ふーん」



 結構な一世一代の告白だったにもかかわらず、少女は俺の万年床に寝転がりながら、肘を突いて枕元に座る俺を見上げている。



 ……一応、可愛い、と思う女子高生が、パーカーにホットパンツ、黒タイツという姿で布団に寝転がっているのに、ぴくりとも性欲が湧かないのは、つまりそういうことなんだろうと、俺は痛感した。



 俺は、本格的に、ホモになってしまったのだ。



「……で、お前は、パパ活? ってやつを一応してるんだよな」


「うん? パパ活? パパ活ね……うん、まあね! 」



 少女は、へらりと笑う。


 俺は、若干の焦りを感じながら、言葉を口にした。



「で、だ。お前は、女だろ? 」


「この外見で男だと思う? 」


「茶化すな。つまりその……女が喜ぶようなことが、女にはわかるんだよな……」


「うん」



 少女は、そこで、俺が差し出した、冷蔵庫にあったパック麦茶をコップに注いだものをごくりと飲み干す。


 カラン、と軽く、氷が鳴った。



「つまり、女には、女役のことがわかるってことだ」


「……人によると思うけどね。女だからって全部一緒にされちゃうと困るって言うか」


「俺は……」



 俺は、喉を鳴らして、自分の唾を飲み下す。


 やばい、めちゃくちゃ緊張してきた。



「俺は、職場の先輩を、俺の『女』にしたいんだ! 」


「ふほっ? 」



 少女が、変な声をあげるが、俺はもう止まらない。


 少女の枕元で、深々と頭を下げる。



「俺を、一人前の『男』に仕立ててくれ!! 」




 ……室内は、枕元の目覚まし時計の秒針だけが動いていた。


 俺も、少女も、動かない。



 が、やがて、冷蔵庫が「ヴヴ~」という音を立てたのをきっかけに、少女がおそるおそる俺に聞く。



「そ、それって、あんたが童貞だから、童貞奪うとか、そういう意味? 」


「違う」


「要するに、先輩とそーゆーことになっても焦らないように、エッチの手ほどきされたいってこと? 」


「なんでそんな下の方にしか考えが行かないんだお前」


「だって、ふつーはそうじゃん」



 そうかもしれない。


 俺は、頭を上げた。



 普通、こういう場合は、少女のように女子高生とエッチがしたいからそう言っているのだと考えるのかもしれない。


 しかし、俺は違うのだ。



「……ってことは、その『先輩』をオトすために、協力しろってことね……」


「そうだ」



 俺は短く言って、少女と向き直った。



「俺を男にしてくれ」


「……」



 少女は、ことりと首をかしげる。


 そして、「それも誤解されそうな発言だよねえ」と呟く。



「じゃあ、あんたの恋路が実るまで、あたしはここにいて良いのね? 」


「そういうことになるな」


「うーん、わかった! 」



 少女は、どん、とその薄い胸板を叩く。



「こじれ系恋愛マスターのあたしに任せときなさい!! 」 

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