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第1話 家出少女



「あのー、そこにいられると邪魔なんだけど」






 そう、声をかけてしまったのは、至極当然であった。




 俺の部屋の前。




「むつみハイツ」という昭和感漂う、二階建ての、ワンルームアパートのドアの前。





 そこに、一人の少女が横たわっていた。






 見つけた時は、一瞬、心臓が止まるかと思った。




 と、同時に、「そういう案件あったっけ? 」と、悲しい職業病で、辺りをぐるっと見回す。




 金属製のドア。




 本来は白いはずが、薄汚れてクリーム色になった壁。




 俺が登ってきた、古式ゆかしい階段は、屋上と1階への道案内。




 つまり、俺の部屋は2階の角部屋ってことだ。





 周りにこの少女を殺せるようなもの、もしくは昏倒させるような物はなし。




 すなわち、事件性なし。





 そっと首筋に手を当てると、すう、すうという規則的な呼吸音と共に、どくどくと脈打つ血管に触れた。




 生きている。




 よし、やっぱり事件性はない。





「あのさあ、そこにいられると困るんだよね! 」





 今度は、少し強めに言って、少女の反応をうかがった。





 服装は、パーカーに、黒いタイツを履いた長い足が、ホットパンツから見えている。




 そして、何より、少女が掛け布団代わりにしているのが、新聞紙。




 おそらく、サラリーマンか誰かが読み終わって、捨てていった物だろう。






 俺の二回目の呼びかけで、少女がぱちりと目を開ける。




 そのままゆっくりと瞬きをして、ぐーっと手足を軽く伸ばした。





 ……そして、「うーん……」と脇腹を掻きながら、尺取り虫のようにへろへろと俺の部屋のドアの前から体をずらす。





 ……絶対に起きる気はしないらしい。




 というか、一応俺の部屋のドアからどいたものの、一応未成年だと思われる少女が倒れてるんだか寝てるんだかでそこにいることには変わりない。





「あのな、そこにいられると、俺が警察に届けなきゃならない。わかるか? 家出少女はわかったから、俺に――」





 関わらないでくれ、そう言おうとした瞬間、少女が、まるで閃光に打たれたように、がばっと跳ね起きた。




 そして、俺の目をじっと見つめる。





 ストレートロングにした髪は頭頂だけが黒くなっており、染めてから1ヶ月は経っていることがわかる。




 髪を額の真ん中でわけており、形の良い額がよく見える。




 割と小顔だな、と俺は値踏みしたが、いわゆるギャル系とも少し違うように思えた。





「あのさ、警察? 警察だけはやめてくれる? あれ、ものすごーくめんどくさいの」




「だからって、知らない男の家の前で新聞紙巻いてごろ寝して良いってことにはならないだろうが」





 俺は、イライラと缶チューハイと弁当の入ったコンビニ袋を持った左手の人差し指を立てると、「しっしっ」とジェスチャーした。




 全く、野良犬を追い出すのと一緒である。





「だって、今日はパパも捕まらないの。あっ、ちょっとエッチなことしていいから、できたらあなたの部屋に……」




「断る」





 俺はきっぱり言って、眉間を揉んだ。





 なんだこの女。




 会話からわかったことは、家出して宿無し。いつもはパパ活で費用を捻出している。




 顔や服装からして、女子高生といったところだろう。




 いまどきの女子高生ってやつは、貞操観念がぶっ壊れているのか?





「いーじゃーん! あっ、もしなんだったら、料理だって洗濯だって掃除だってやってあげるよ? お願い! 」




「どれも間に合ってる。結構だよ」





 食い下がってくるその少女を押しのけて、俺は部屋の鍵を開けた。




 いまどき、シリンダー式の鍵である。




 こんなもの、複製しようと思えばいくらだって複製できる気がする。





 滑り込むように、体をドアに入れ、内側から閉じて、鍵を……。





「だ・か・らあ! 話を聞いてって、言ってるじゃん……! 」




「うっわ、お前、すげー力発揮してるじゃん! 」





 俺が驚いたのも無理はない。




 その少女は、ガン!と薄汚れたスニーカーをドアの隙間に割り込ませると、力任せにドアをこじ開けようとした。





「奥さん! 洗剤! 洗剤も付けるから! 」




「誰が奥さんだ! ってゆーか、そんな古い問答をよくお前知ってるな!? 」





 そのまま、俺と少女は五分間ほど、膠着状態を続けた。





 が、俺はふと、全部どうでも良くなって、力を抜く。





「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 」





 一気に扉が開いたので、少女がよくわからないわめき声を上げながら、後ろにと倒れていった。




 残されたのは、キイ、キイ、と鳴る、金属製のドアだけ。





 ……やばい。




 頭でも打って、死なれていたら困る。





 そんな俺の心配をよそに、少女はドアを片手でがしっと持つと、這いずるように起き上がった。





「ふっふふふふ、あたしの勝ち……! 」





 俺は、軽く天を仰いだが、そこは室内なので、青空や星空は見えなかった。





 東京。




 赤羽。




 家賃40000円のおんぼろアパート、かろうじてバストイレ完備。




 ワンルームアパート。





 そんな中で、俺は、家出少女と向き合っていた。





 俺には、とある算段があった。




 こいつは、ガキといえ、一応女である。




 ということは……。






 俺の行き詰まりに詰まった恋路について、なにか打開策を打ち出せるのではないかと、考えたのだった。

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