第六話 亡霊ノ怪盗
零雄がカジノで爆勝ちしてから二週間。王都にはとある変化が訪れていた。
以前まで、王のお膝元とも呼ばれるこのガラテアの都では毎晩のように事件が起きていた。裕福層と貧困層が同時に居住するのだから仕方ないといえば仕方がないが、窃盗事件は日常茶飯事。無理やりに強奪する大人ばかりでなく、様々な手口でスろうとする貧乏な子供まで色々な人物が罪を犯してきた。
しかし、この二週間の間、そのような窃盗事件がぐんと減った。以前まではスられるという理由で夜に出店はやっていなかったが、最近では誰もが夜に買い物を行っている。最近治安が良くなったわねとおばさんたちが談笑するほど。
原因は当然彼にある。この二週間の間、零雄は夜中を徘徊し、強盗、窃盗、スリに焦点を当てて、徹底的に潰して回った。死ぬ前の経験を使って、後処理を怠ることなく。その結果、人の命と引き換えに仮初の平和を手に入れた。
窃盗事件の件数と、窃盗犯の人数は全くと言っていいほど一致しない。窃盗犯の人数が圧倒的に少ないのだ。これは、同じ人物が複数回犯罪を犯しているという証拠だ。一度スリに成功すると、何度も繰り返してしまう。仮に一度捕まっても、出所後の再犯率は極めて高い。
この知識は零雄がもともと持っていた知識である。だから死ぬ前の零雄も強盗には容赦しなかった。死んでしまえばそれで終わり。再度犯罪を犯すことなどできないのだから。
そういうわけで、零雄は今日も夜中を徘徊する。日中は寝て、夜に活動。この世界に来てから、ずっとその生活を繰り返している。
零雄は裏路地を起点として鋭い視線であたりを見渡す。誰もいないことを確認して、細いわき道に入り、ポケットから缶のミルクココアを取り出した。このミルクココアは先ほど売店で買ったものである。
少し休憩をしようとした零雄の隣から、突如として首元に短剣を突き付けられる。
「動かないでください」
低く重い男の声。年齢は三十代後半だろうか。
「誰だか知らねぇが、俺に気づかれることなく、この状況まで持ってこれたことは褒めてやる」
「それが私の特技ですからね」
気にも留めずにココアを飲む。まるで首元にナイフが突きつけられてなどいないかのように。
「で?ティーブレイクを邪魔してまで俺に何の用だ」
「あなたですよね?ここ最近の治安の変化の原因は」
やっぱりただの間抜けか。こんなもんで変化とか言ってやがる。死亡確定だな。
「そうだ。ただそれはあくまでも副次的なものでしかねぇがな」
「悪党の始末。それが理由でしょう?悪党殺し。いえ、ナイトメア。」
その発言を聞いてようやくその男の方向へ視線を向ける。黒のタキシードに、赤いネクタイ。似合わない真っ白のマントを引き下げて、顔には微笑みが描かれた奇妙なお面をつけている。姿かたちでは本当の姿はわからない。
「てめぇ、どこでその名を聞きつけやがった」
「どこでとは心外だ。あなたが直接教えてくれたじゃないか」
「ぬかせ。てめぇにはあったことねぇだろうが」
「その発言は随分と悲しいよ。レオ」
最後の声は、今までの低く重い声ではなかった。さわやかな、唯一知っているうざったいさわやかな男の声。しかし、彼には違和感があった。
「ジュリエール、とでも言いてぇのかボイスチェンジャー」
「半分正解。僕はあの時君に会ったジュリエールだけど、真のジュリエールじゃないんだ。」
「どういう意味だ」
「二週間くらい前、君が指名手配されただろう?君は護衛の人々をぶっ飛ばしたことを原因に考えてるようだけど、本当は別の理由なんだ」
「別の理由だと?」
「あの日の夕方、地下牢に監禁されているもう一人のジュリエールが発見されてね。その時、気づかれる前に王城を抜け出したんだけど、そのせいで君がジュリエールを牢屋に監禁して逃げたとかんちがいされたんだよ」
「なるほど。つまり、俺が会ったジュリエールは、すでにてめぇが化けた姿だったってわけか」
「その通り。僕は別件でジュリエールに化ける必要があって、そのとき、偶然君に出会ったってわけさ」
少しの間、沈黙が流れる。疑念、警戒、推測、様々なことが頭を駆け巡る。
「前置きはもう十分だ。本題に入れ」
「そうですね。前置きが長くなりすぎました」
声が元の低い声に戻る。
「わたしと手を組みませんか?ナイトメア」
「そういや、化けてるときもお前は俺を仲間にしたがってたな。なぜだ」
「あなたの理念に共感しているんです」
「言葉だけでは何とも言える。てめぇが俺の理念に共感し、俺と手を組みたいってんなら、まずはその心得ををいってみろ」
「なかなか高圧的ですね。ご自分の状況を理解しておられないと?」
「理解する必要がねぇんだよ。まず、こんなもんじゃ脅しにすらなってねぇ。俺を脅してぇなら、ナイフは突きつけるだけじゃなくてぶっ刺さなくちゃな。次に、有無を言わさずの協力要請、いや命令なら、理念に共感なんて言わねぇだろ。だからお前が本当に俺の理念に共感し、仲間に欲しいっていうのは嘘じゃあねえ。だが、お前が俺の理念を正しく理解しているのかが疑問なんだよ。」
じろりと仮面の奥にあるであろう目を見つめる。
「軽い気持ちでの協力要請は、身を亡ぼすぞ」
少しのタイムラグの後、仮面の男は短剣を懐に戻し、そこから、ペンダントを手にする。
「自らが悪となり、悪を滅ぼす。その理念は、わたしが常に思い続けてきたものです」
ぽつりぽつりと、その仮面男は話し始めた。ペンダントの中には、ある女の写真。
「わたしの姉です。唯一の肉親でした。彼女は宝石商を営んでいた。といっても、そんなに大きな商店ではありません。中古の宝石を扱う、こじんまりとした、庶民向けの宝石店。その姉の元にある宝石がやってきた。」
「やってきた?」
「売られたのではなく、もらったのです。常連の、お婆さんからもらったものでした。もうわたしは長くないから、受け取ってほしいと。そういって、その宝石を受け取っていたのを覚えています。その宝石の名は、「ホワイトダイヤ」。世界にたった5つしかない、貴重な宝石でした。」
たしかに、写真の中で、その女性は大事そうにダイヤモンドを見つめている。
「その一週間後くらいでしょうか。姉が結婚することになったのは。前から好意を抱いていた男性と婚約を申し込まれたそうです。姉はとても喜んでいました」
「結婚式も終わり、姉が嫁に行くとき、あのダイヤモンドをわたしに譲るといってきました。なくしたりしたら大変だからと。おねぇちゃんの代わりにしっかり守ってねと言われたのを覚えています。そして、その言葉は姉の最後の言葉となりました」
「…続けろ」
「姉からダイヤモンドを預かった日の夜、強盗が入り込んできました。目的はやはり、「ホワイトダイヤ」。まっすぐに「ホワイトダイヤ」を隠してある金庫に近づき、壊そうと必死になっていました。強盗達が「ホワイトダイヤ」に奪われる。そう思ったとき、部屋に右腕を怪我した姉が入り込んできました。連れてきたのは、婚約相手。強盗と、婚約者はグルで、最初から姉には興味はなく、ただ宝石のためだけに姉に近づいてきたのだと知りました」
「そのとき、お前はどうしたんだ」
「当時の私は臆病で、隠れていることしかできませんでした。能力もなく、ただおびえることしか。金庫のパスワードを姉から聞き出し、「ホワイトダイヤ」を手にした後、婚約者からとどめを刺され、姉は命を落としました。最も大切な二つのものを同時に失ったあの感覚は、今でも鮮明に思い出せます」
「情けねぇ話だな。ただ指くわえてみてたってことか」
「ええ。その通りです。あの時の私に勇気があれば。力があれば。そう思ったことは一度や二度ではありません。その時思いました。復讐しようと。この手で決着をつけてやると決めました。その準備を進めている間、婚約相手のことを調べました。すると、新しい情報が手に入ったのです」
「その事件が、一度や二度じゃなかったんだろ」
「ご名答。調べるとすぐにわかりました。わたしたち以外にも同じことをして、そのたびにその宝石を売りさばいて金儲けをしていたのです。その真実に気づいたわたしは弁護士に駆け込み、裁判所に駆け込み、国にも駆け込みました。しかし、わたしの情報はデマだと、もみつぶされました。金の力で。その時理解しました。私が復讐すべきは、彼そのものではなく、彼を守る悪そのものなのだと」
「それが俺に共感したという背景ってわけか」
「そうです。わたしは彼と、彼を取り巻く環境を許さない。たとえ、この身が悪に染まろうとも」
強く、黒く、確かな決意。それらを宿す眼に、零雄は自分を重ねた。
「…いいなぁいいぜ面白れぇ。乗ってやるよ悪党。これからお前は俺の協力者だ」
お前は俺の協力者。あくまでも自分が上だという態度を保って、話す零雄に対して、仮面の男は何も言い返さず、ただうなずく。
「ただし、二つ聞かせろ。その声は能力か、それとも技術か」
「あなた風にいうのでしたら技術ですね。私の能力は『影使い』なので」
「こないだお前、『未来視』っつってただろ」
「あれは本物のジュリエールのほうの能力ですよ」
「ならいい。次に二つ目、さっさと自分の名前を名乗れ仮面野郎」
「ああ、申し遅れました。私の名は…」
マントをたなびかせてこう答える。
「神出鬼没の亡霊。怪盗「ファントム」と申します」




