第四話 王族ノ指名者
零雄が王族であるジュリエールとシャルロットに出会ったその後、成り行きで護衛を強制的に引き受けさせられ、王都まで護衛することになった数分後。零雄は彼らと同じ馬車に乗り、ゆったりとなだらかな道のりを進んでいた。
護衛といっても、護衛対象に危険がなければ仕事はない。やることといえば、外を眺めて危険がないか確認することぐらいだ。そもそも、王族である証の紋章がついているこの馬車に喧嘩を吹っ掛ける馬鹿は普通は存在しない。先ほどのがレアケースであっただけの話。
ただ何もすることなく、三人の間に気まずい空気が流れる。零雄は頬づえをついて不機嫌そうに外を見て。兄のジュリエールはニコニコと表情を崩さず、零雄の隣で前を向いているだけ。そんな兄の目の前にいる妹はこの空気をどうしようかとおろおろしている。
そんな膠着状態を崩したのは、やはりジュリエールであった。
「暇だね」
「…」
明らかに零雄に話しかけてきたが、当然のごとく無視する。
「護衛をこちらから頼んでおいてなんだけど、そんなにあたりを警戒しなくてもいいんじゃないかな?」
「…」
「王都に着くまであと小一時間はかかる。気負いすぎると肝心な時に力が出なくなるよ」
「…」
「意外と君は仕事熱心なタイプなのかな」
「…」
「そうだったならすまない、仕事の邪魔をしてしまったことを謝るよ、レオ」
「気安く俺の名前を呼んでんじゃねぇ、次呼んだら本気で潰すぞ」
ようやくのことで会話を成り立たせたジュリエールだったが、返事は悲しくも怒りの言葉。声色と鋭い目線が本気で怒っていることを示唆している。
ごめんごめん、と軽く謝りを入れて、ジュリエールは前を向き、今度はシャルロットに話しかける。
「いい人に出会えてよかったね、シャル」
「どう見てもいい人ではないです」
「見た目で人を判断してはいけないよ」
「ではお兄さまは彼の内面を把握できているとでも?」
妹からのカウンター。ジュリエールは少し考えるしぐさを見せた後、ふっ…と軽く笑って、
「もちろん、できてないに決まってる」
「そういうと思いました」
シャルロットははぁ、と軽いため息をついた。その後、人差し指を兄の鼻先に突き付けて、
「それと、私のこともシャルと呼ぶのはやめてください。公共の場ではきちんとシャルロットと発言すべきです。聞かれたのが唯一彼であったのが不幸中の幸いです」
と一言。ジュリエールは突き付けられた指を軽く右手で押し戻し、少し笑うようにして、言った。
「不幸中の幸い、か。シャルロットも彼に気を許しているようだね」
「いいえ、ちっとも。ただ、彼に聞かれても問題がないだけです。そういうのすぐに忘れそうですし」
シャルロットは零雄に対して冷たい態度をとる。勇者、英雄ではないと判断し興味がなくなったのか、それとも駆け引きの一環なのかはわからない。だが、零雄にとってそんなことはどうでもよく、ただ早く護衛の仕事を終えてトンズラしたいと考えていた。
そのあとは兄妹による会話が繰り広げられ、零雄が会話に入ることはなく、そのまま時間が過ぎていった。そして、とうとうそのおしゃべりを聞かなくて済む時間がやってきた。
目の前に見えるのは王都の壁。レンガによって組み立てられた、西洋風な建築様式であると見て取れる。王都の前にはやっぱりというか、イメージどおりというべきか、鎧を着た槍を持つ門番の姿が見えた。
「これで俺の仕事は終わりだな」
そういって、立ち上がり馬車の扉に手をかける。それをジュリエールが制止する。
「いいや、まだだよ。君にはまだ仕事が残っているじゃないか」
「おい、これ以上俺に何かさせようってんならこっちも強行手段に出るぞ」
零雄はジュリエールの胸倉をガっと掴んで無理やり立たせる。あまりにもその動作が一瞬で、ジュリエールもシャルロットも反応することができなかった。
「こっちも暇じゃねぇんだ。てめぇらの境遇を考えて、最大限の慈悲としてここまで護衛してやったんだよ。これ以上何かを望むな」
低く、威圧感のある、それでいてささやくような声で言葉を投げる。その言葉は、有無を言わさない重い空気を作り出していた。
「もちろん、これ以上君に望みはしない。ただ、君の仕事はまだ終わってないだろ?」
「どういう意味だ」
「僕が望んだ君への仕事は王都までの護衛。まだ王都にはついていないじゃないか」
確かに、王都まではあと少しで着くが、逆に言えば王都にはまだ着いてはいない。
「屁理屈だな」
「万が一にも、この距離で敵が襲撃してこないとも限らないだろ?」
「わかった。なら最後まで仕事はしてやる。だからこれ以上文句言うんじゃねぇぞ」
掴んでいた胸倉を離してドカッと席に座る。長いこと掴まれていたジュリエールの服はよれよれになってしまった。
王都の扉に到着し、門番とのいざこざが始まる。すべての説明はジュリエールが行ったが、ことが事なので事情聴取を受けることとなった。しかも、王都の外で。したがって、まだ王都には着いてはいないので、長いこと拘束される羽目になった。
その間、零雄はおとなしくただ座っていた。態度こそ怒りそのものだったが、それを言葉にしたり、力として表すことはなかった。
やっとのことで聴取が終わり、門が開く。
王都の中は活気づいていて、門の近くから商店が立ち並んでいる。そして、王家の馬車がそこを通るや否や、すぐさま町の人間がたかってきて行列ができてしまう。
そんなことを意にも介さないかのように、零雄は馬車の扉に手をかける。
「これで俺の役目は終了だな?」
そう言ってジュリエールに視線を落とす。これ以上文句を言うなよ、と視線で警告をする。
「ああ、これで君の仕事は終了だ。もちろん、君と妹の結婚の話はなかったことにするよ」
「じゃあな、また会わないことを祈ってるぜ」
「お待ちください」
二度目の待ったをかけたのは妹。シャルロットだった。それに対して一番先に反応したのは零雄ではなく、兄のジュリエールだった。
「どうした妹。もしかして本当に結婚したかったのか」
「見当違いも甚だしいです。話の腰を折るのはやめてください」
「でもこの話の流れならそれしかないだろう」
「兄の話は無視しておいて、そうではなく、今馬車から出るのはおやめください、レオ様」
零雄の目を見てはっきりとそう口にする。その瞬間、空気が変わった。その原因は言うまでもない。
「敬語は使えるようだが、敬意は払えねぇみてぇだな。今すぐ取り消せ。そしたら聞かなかったことにしてやる」
「これは、王家に生まれたものとしての責務です。たとえ、恐怖で身が動かずとも、民衆の平和と平穏を守るという意思は変えられません」
シャルロットは言葉を取り消さなかった。兄のようにすぐさま手を出すかと思いきや、零雄は冷たい視線でシャルロットを見つめていた。
「想定外でした。いつもはこんなに王家の馬車に人が集まるなんてことないのです。私も兄のようにあなたを返したいのは山々ですが、今出られたら大騒ぎになります。王家とは王国にとってのいわば神。そんな王家の馬車に身分の分からぬ人物が乗っていたとなれば、国中がパニックになります」
「知るか。勝手にパニクッってろ」
「もちろんあなたもただではすみません。警備隊や記者に追われることになります。あなたを返さないといっているわけではありません。どうか、人目のつかないところで降りていただくわけにはいかないでしょうか」
「どれもこれもてめぇらの都合じゃねぇか。俺にも被害があるとは言ったが、んなもんはささいなことなんだよ」
ちっ、と舌打ちをして馬車から周りの様子をうかがう。確かに、どう考えても人だかりが大きすぎる。王族が通るたびに毎回毎回これほどの人数がいるとは考えにくい。
考えなしの兄とは違い、妹は国民愛に優れているようだ。しかも、それを貫くだけの度胸もある。
「てめぇのなけなしの誠意に免じて、つきあってやる。とっととこいつらのいねぇとこに連れていけ」
「ありがとうございます」
それから馬車に揺られて数十分。王城に到着し、その中を歩かされていた。
「俺は人目のつかないとこに行けといったはずだが、どうなってやがる」
「一度王城まで避難しているにすぎません。人目のつかないところに行こうとしたのですが、馬車を追うように人がついてくるものですから、仕方なく」
「さすがに一日中王城の周りに人が集まってるわけがないから、ほとぼりが冷めたころに抜け出してもらおうと思ってね」
なんだかんだといいながら、大きく、豪勢な扉の前まで連れてこられた。天使からありとあらゆる知識をうけとった零雄は、それを何だか知っている。
扉が開き、玉座が見える。左右には何人もの貴族と、騎士が見える。豪華というか、豪勢というか、思いつく限り無駄遣いしてみましたというようなキラキラとした金属の多い部屋。
「言っておくが、入らねぇぞ」
「悪いんだけど、入ってもらわないと困るな」
「今一番困ってんのはお前らじゃなくこの俺だ。被害者面すんな」
そういって踵を返すと、目の前に二人が立ちはだかる。
「邪魔だ。どけ」
「入らなくていいから、ここで待っていてほしいんだ」
「私たちは安全に帰ってきたということを貴族の皆様にご報告する義務があります。かといって、あなたを放置しておくわけにもいきません。だからここまで連れてきたのです。いずれにせよ時間がたたねば返せないのなら、騒ぎにならぬように近くにいてほしいのです」
話がなげぇ、うっとうしいぞ、という前に、二人は部屋に入っていき、玉座の前まで。そこで頭を垂れ、王に向かって礼を尽くす。
その光景を部屋の外からさっさとしろと言わんばかりに見つめていたら、ジュリエールがにやりと笑ってこちらを見る。嫌な予感がしたと思ったら、フラグを立てるよりも前に結果が出た。
「王よ、わたしの愚かな願いを聞き届けていただきたい」
「お前はいつも愚かだが、何かをねだることはあまりなかったな。どれ、いってみろ」
「私は、後ろにいるレオを近衛騎士として任命したいと思います」
その場にいるすべての人間の視線が一気に零雄に集まる。そして、そんな視線の中、ジュリエールがもう一度。
「レオ、僕の近衛騎士になってくれないか」
そう言われた零雄は、ふっ…と笑って、
「なるわけねぇだろ調子乗んな」
と。




