第三話 悪ノ制裁
この世界は…あの天使が作った、常軌を逸した力を持つ悪党がはびこる世界だ。
そして、この俺もその悪党のうちの一人。普通ならぬ、超常的な能力をあたえられた、死んだはずの人間。
ふざけやがって。今度天使に会う時にはぶん殴らせてもらおう。
だが、いいね。いいよ。面白れぇ。思っていたのとは違うが、望みはかなっている。望まない敵に、望んだ力、自由に手を下せる異なる世界。最高にぶっ潰しがいがある。
となりゃ、まずは目の前の敵でチュートリアルを終わらせるとすっか。
すっと木陰から姿を現す。何の策もなく。ただ、無防備に。自分が危険なことをやっていると承知で、それを理解して。自分にどれほどの力が与えられているのか、知りたい。そんな思いを胸に抱き、彼は敵の前まで無造作に歩く。
思いのほか、敵に動きはなかった。彼の動きを警戒してか、それともまだ考えがまとまっていないのか。どちらにせよ、それが悪党の彼らにとって命とりだった。
まず初めに動いたのは悪党の親玉。すたすたと近づいてくる得体のしれない彼に向かって、「とまれ」と警告する。護衛から奪った、剣を向けて。
彼が呼びかけられて止まったのは、悪党らと対峙して十数mほどの位置。剣の間合いのはるか外。余談だが、剣の間合いは、所持者から約二メートルの範囲内だそう。
止まったその位置から、普段やっていた通りに、思いっきり距離を詰める。
いつもならば、一気にその距離を詰めることはできない。彼の戦闘スタイルは素手。反応されれば窮地に追いやられてしまう悪手であり、危険な一手。だが、それは今までの話。
今の彼はその距離を即座に詰め、敵が反応する暇もなく、顔面を右手でつかむ。そのまま、あたかも豆腐をつぶすかのように、頭蓋骨を握りつぶした。その圧倒的な速度とありえない現実に、悪党どもは反応すらできない。
そこから先は一瞬だった。親玉を一撃で屠られた悪党どもは統率が取れなくなり、次々と狩られていく。援軍がやってくることもなく、八人組の盗賊団は一分もたたないうちに命を落とした。
練習相手にはなったか、と彼は心の中でつぶやく。どうやら、知識、思考力だけでなく、身体能力もけた違いに高くなっているようだ。今までも十分化け物レベルの実力だったが、それをはるかに超える怪物となってしまった。
「……あ、あの!」
「あ?」
「私の名前はシャルロット・ガラテア。私たちを助けてくださって、ありがとうございます」
「僕の名はジュリエール・ガラテア。僕からも礼を言う。感謝する」
「てめぇらのためにやったわけじゃねぇ。礼はいらねぇ」
ガラテア王国の青年と幼女が深々と頭を下げてくる。助けたというのは状況的にはそうだが、ただ理念に反していたからという理由と、実験台にしたかったために悪党を殺しただけなのだから。
「そ、その…つ、つかぬことをお伺いしますが、あなた様はもしかして、勇者様ではございませんか?」
「勇者だぁ?」
ガラテア王国の幼女が話しかけてくる。よくみると、かなりの美少女だ。目鼻立ちは整っているし、髪もさらさらとしている。おしとやかさとしたたかさを兼ね備えるオーラ。年齢こそ幼いものの、大きくなれば男を虜にすることだろう。
無下にすることも出来ないのでとりあえず話を聞いていたら、勇者とかいうふざけたワードが出てきた。
「マンガの見過ぎだ。そんなやつがいるわけねぇだろ」
「確かに、おとぎ話に出てくる勇者は登場人物の一人ではありますが、あのお話は確かに、残された逸話を基に作られている、信憑性の高いお話なんです!」
「だったら、その勇者はとっくに死んでるはずだ」
「勇者様は『輪廻転生』という特別な能力を持っているため、死んでも新しく命を始めることができるのです」
「不死身の勇者か。普通は魔王サイドの能力なんだがなそれは」
「確かに、魔王も似たような能力を持っていますが、それは世代交代用の能力で…」
「知ってる。『輪廻永劫』。自分の命と引き換えに、相手に自分の経験、技術、知識、能力すべてを譲渡する能力、だろ」
この知識も、本来はあるはずのない知識。この世界の一般常識ならず、専門知識も備わっているようだ。
「それを知っているということは、やはりあなたは勇者様ですね」
「能力で知ってるだけだ」
この世界には、一般的に能力があるらしい。能力で知っているといえば、引き下がってくれるだろう。
「嘘はいけません。確かにあなたは能力者でしょうが、先ほどの戦闘は能力によるもの。能力の複数持ちは過去存在しないので、あなたの能力は知識系の能力ではありません」
「ただの実力だ」
「私の能力は『解析』。相手が持つ能力を見ることができますからその嘘は無駄です」
なかなか引き下がってくれない。だんだんイラついてきたが、カタギに手を出すのは流儀に反する。
「なら俺に『輪廻転生』がないことがすぐにわかるはずだ」
「本来であればそうでしょうが、あなたの能力は『解析』でみることができないのです」
「おい、さっき俺の能力を見たといってただろうが」
「私の『解析』は能力の一般名称、内容、ランク、そして使用の有無を判別できます。しかし、あなたを『解析』したところ、使用の有無しか『解析』できませんでした」
「ほう」
「こんなことは初めてです。私の『解析』はランク7。最高位ではないものの、『解析』でみれなかったことはありません。ですから…」
「誰が何と言おうと、誰が何と考えようと、俺はお前の望む勇者様じゃねぇ」
いうなればその反対、魔王のほうが近い。
「で、でも…」
「であるならば、君の名前を教えてはくれないか」
今度は青年のほうが口を出してきた。こいつはこいつでイケメンだ。凛々しくも穏やかな視線、すらっとしたルックス、白い肌、胸元に携えている青い薔薇がカッコよさを引き立たせている。王族というのはこんなもんなんだろうか。
チュートリアルもそろそろ終わりにしてほしいものだが、次のステップに進むためにも、こいつらとの関係はここで終わりにしておかなければならない。
「俺に名前なんぞねぇ」
「君にお礼がしたいんだよ。君の名前を知らなければ、探すときに苦労してしまうからね」
「礼はいらねぇっつったろ」
「王族たるものの宿命さ。君も僕たちを助けたのが運の付きだと思って、ね?」
「なら、ここでてめぇらをぶっ殺して逃げてやろうか」
もちろん、彼も本気でそんなことを考えているわけではない。ちょっとしたジョークというか、相手の反応を見るための遊びである。
「てめぇをぶっ殺せば礼を受けるどころかお尋ね人になっちまうかもな」
「不本意ではあるけど、君がそうしたいなら僕を殺してくれて構わないよ」
意外な反応。正直想定外だった。話を濁すか、おびえるか、なんかしら避けるように誘導するかと思ったが、受け入れるとは。
「ちょっ、お、お兄さま!!?」
やっぱり、名字が同じだったし、兄妹だったか。
「君が助けてくれなければ、死んでいたも同然だったし、早いか遅いかの違いでしかないからね」
「へぇ、肝が据わってんじゃねぇか。気に入ったぜ」
「それはどうも」
この遊びは俺の負けだな。
「君は僕を殺せないだろう?」
「そうだな、いまのところは」
「そういうけど、残念。僕は君に殺されることはないよ」
「わかんねぇぞ」
「僕の能力は『未来視』だからね。もちろん完全というわけではないけど、君の敵になることはないから、安心してほしい」
安心しろと言われて安心できるやつがいるわけがない。そういうのは暗にしておくから信頼できるのであって、口に出しては信憑性が薄れてしまう。ジュリエールは舌戦を苦手としているようだ。
そんなジュリエールに彼は心を少し許した。いずれにせよ、放してくれないのなら、イベントを前倒しにするしかない。
「零雄だ」
「え?」
「俺の名は零雄。悪党殺しと呼ばれた悪党だ」
悪党殺しの本名。前世では誰も知ることがなかった。彼の親族はすべて他界しており、一人でずっと過ごしてきた。彼自身ももはや忘れかけていた、本当の名前。
「レオ、いい名だ。覚えておくよ」
後半の一文をまるっきり聞いていなかったかのように、ジュリエールは答える。彼、いや、零雄はそんな対応に苦笑いした。
「俺は行くぞ。名前はもう教えたしな」
「待った。一つ頼みごとがある」
「断る」
さすがにこれ以上構っていられない。当初の目的であった人の存在の有無の確認、それに付随するこの世界の概要。それらすべては頭の中に入っていた。結論、人とこれ以上関わることはデメリットでしかない。
すたすたとその場から立ち去っていく。だが、その後ろを二人は追いかけてくる。
「僕らを王都まで警護してくれないかな」
「断るっつったろ」
「僕らに恩を売っておけば、後できっと役に立つよ」
「知るか」
「じゃあ、わかった。君に妹をあげるよ」
「「は?」」
零雄とシャルロットの声が一致する。ただし、零雄は呆れて。シャルロットは顔を赤らめて。
「君になら妹を任せられる気がするんだ」
「お前がヤクザに妹を売るようなクソヤロウだとは思わなかったぜ」
「僕は『未来視』のおかげで人を見る目はあるんだ」
「私のことも考えてくださいお兄さま!急にそ、んにゃこと言われても、心の準備がもご」
妹の口を手で押さえて、なおも言葉を続ける。
「君が僕たちを王都まで護衛してくれないなら、君には妹と結婚してもらうから」
「てめぇ、どういう冗談だそれは」
「護衛してくれるなら、結婚しなくてもいいよ」
「だからなんでそうなんだよ、普通逆だろ」
「君は君自身が普通だと思っているのかい?」
「思わねぇな。だがそれとこれとは話が別だ」
「君は僕らと関わりを持ちたくないんだろう?『未来視』で見させてもらったからね。だから、それを利用させてもらって、僕らの味方についてもらおうと思ってね。君が僕らを見捨てれば、後で妹の旦那探しという呈で君をとらえる。見捨てないなら僕は王都まで安全に送られる」
「やってくれんな」
信念を曲げることはできない。悪党以外には手は出さないという、自分の流儀。今日ほどつけなければよかったと思った日はない。
はぁ、とため息をついて頭を右手で押さえる。彼は、好きにしろというほかなかった。




