第二話 才能ノ開花
「・・・あ?」
急に視界が戻ったかと思えば、そこは三途の川ではなかった。
もちろん、死ぬ前にいた港でもない。景色があまりにも違いすぎる。
そこは、とある部屋の一室だった。窓が一つにドアが一つ。ベッドはボロボロになっていて、何年も使っていなさそうだ。備え付けのトイレ…というより便器はクモの巣が張っていて、使えるのかどうかわからない。
「…どうなってやがる」
あたりを見渡して自分が置かれている状況を整理する。腕には鎖付きの手錠がかけられていて、そのうちの片方は窓の鉄格子にかけられていて、鎖の長さはぎりぎり扉まで届かないくらい。まず間違いなく監禁されている。
そのうえで、どう脱出するかを考える。なぜ、目が覚めたらここにいたのか、なぜ、自分は監禁されていたのか、など、いろいろ考えることはあるが、何よりもまず、人の気配がしないうちに脱出するのが最優先事項だと彼は考えた。
「針金とか探してみるか」
彼は監禁されたことがこれまでにもある。ヤクザや暴走族、マフィアを敵に回したこともある彼にとって、監禁とはさほど珍しいことでもなかった。今回のこれも、自分にうらみのあるやつらの仕業だろうなと薄々思っていた。
30分ほどいろいろ探してみたものの、針金は見つからなかった。腕につけられてある手錠のせいで自由が利かず、イライラも募っている。重く、動くたびにギリギリ鳴る鎖に、怒りをあらわにする。
「チッ…いいかげんうっとうしいなァ!!」
そう叫んで、思いっきり腕を引く。当然彼もただの八つ当たりをしていることに気づいていた。でもだからこそ驚いた。「ガコンッ!!」と音を立てて鉄格子が外れたのは。
「…劣化してたのか。ツイてんのかツイてねぇのかわからんが、とりあえず脱出れそうだ」
30分無駄にしたことを気にしつつ、鎖につながれた鉄格子を拾い、脇に挟んでしっかりと持つ。鉄格子は外せても、流石に引きちぎることはできそうにない。よく見てみると、劣化した様子もあまりなかった。はめ方が悪かったのだろうか。
ドアの前で一応使えそうなものがないか探してみる。当たり前のようにそんなものは存在しなかった。鉄格子が外れたおかげで窓から出れるかとも思ったが、位置が高いうえに幅が小さすぎて通れなさそうだった。仕方ねぇか、とあきらめて、ドアに足をかけて息を吸う。
「……オラァッッ!!!」
思いっきり足に力を入れて、ドアを蹴破る。つもりだったのだが、蹴破るのではなく破壊してしまった。木製のドアが、蹴った部分だけ粉々になって穴が開いている。
「こうなったらぶち壊しちまうほうが早えか」
さっきの鉄格子とは違い、ドアはきちんと劣化していたようで、触ってみるとミシミシ音が鳴る。相当年月が経っていると思われる。
ドアの接合部分以外の木製部分をぶっ壊した後、部屋を出る。今時珍しい石畳の廊下と、壊したドアとおなじ木製のドアが、右も左も同じように並んでいる。廊下の先に上に行く階段を見つけた。下に行く階段がなく、この階に出口が見つからないので、半地下になっているようだ。
階段を上がっているとこれもまた珍しく、螺旋式の階段だった。電灯がなく、ランプをひっかけてあるので、かなり古い建物なのだろう。
階段を上がるとそのまま出口になっていた。外に出ると、あたりは草原が広がっており、整備されていない一本の道があるのみだった。彼が出てきた建物が草原の中にぽつんと立っていて、なぜここに建てたのか疑問に思うくらいだった。
「偏見だが、鹿児島に来ちまったのか俺は」
田舎っぽく、かつ監禁用の建物があり、自然がきれい。日本の中で、どこがそれっぽいかと聞かれれば、鹿児島な気がする。実際に行ったことはないので、本当に全くの偏見である。
ここで、ようやくいろいろなことを考える。なぜ俺がこんなところにいるのか。なぜ監禁されていたのに誰もいなかったのか。ここはどこだ。なぜ俺のどこにもやけどの跡が残ってねぇのか。
俺は死んだはずじゃなかったのか。ここは本当に現実世界なのか。それとも死後の世界か。まだ夢を見ているだけじゃねぇのか。
「…落ち着け、こっから先は、間違えたら終わりだ」
頭の中で冷静に分析する。ともかく、やるべきことを見つけるのが先決だ。
なぜ生きているのか、現実世界か否かは考えても無駄だ。なにせ、確かめる方法が一切ねぇ。ならば現実世界と断定して先に進むしかない。事実として、自分の体は実体があり思考もできる。理由などそのくらいで十分だ。
となりゃ、重要なのは人の存在。自分の敵ではない相手から、情報を得ることは急務といっていい。なぜか持っていたスマートフォンは圏外で使い物にならねぇからな。人がいねぇならそれでもいい。「人がいない」というのは重要すぎる情報だからな。
そういって彼は自分のポケットからスマホを取り出す。ホーム画面が表示され、左上には「圏外」と表示されている。このスマホでできることといえば写真を撮るか、ダウンロードしておいた音楽を聴くことぐらいだ。ちなみに、充電器はない。あと82%のこっている充電を使い切れば、ただのお荷物だ。
人を探す、という結論に至った彼の行動は早かった。目の前にある一本道に沿って、歩き始める。
一本道の先に、町でもあれば、儲けモン。なかったとしても、現実世界なら、いつかはどこかにたどり着くだろ。と。
歩き続けること15分。さすがに、彼も疲れてきていた。ほぼ景色が変わらない一本道。それを延々と歩くだけでも疲れる。途中途中走ったりしていたから、多少、進むスピードも落ちてくる。
と、そのとき。一本道に沿って、丘の上を越えたとき、前方に馬車が歩いているのを見つけた。近くには何人か人もいる。どうやって手に入れたのかは知らないが、全員が腰に剣を下げている。馬車の護衛だろうか。
第四次産業化とかいわれているこの時代に馬車かよ、と心の中でツッコみ、丘の上に生えていた木の陰に隠れて様子を見る。自分を監禁していた相手である可能性を考慮して、鷹のような目で相手を見定める。
馬車が途中で止まり、休憩を始めた。ワイワイと談笑し始めている様子を彼は数分間見つめていた。
敵ではないと思いつつも、彼はまだ警戒をやめない。今のこの状況では、まだ断定できないからだ。万が一うかつに近づいて、敵だったときは事が不利に運んでしまう。
そのように思考を巡らせていると、突然叫び声が聞こえる。見ると、護衛が数人切りつけられていた。突如として現れた、黒ずくめの男に不意を突かれて、次々と護衛の人たちが倒れていく。
「あの野郎ォ、どっから湧いて出やがった」
彼は目を離さずに護衛を含めた馬車のあたりを見ていた。近くには隠れられる場所はなく、ところどころ生えている木からは、どこをとってもおよそ十数メートルは離れている。突如として現れたイレギュラーに彼は注意を向ける。
と、そこにまたしても唐突に表れる敵の陰。同じく黒ずくめの人物が一人、二人と次々に現れる。あっという間に八人ほどの盗賊団の出来上がり。
「敵襲!敵襲!」と叫ぶ護衛。だが、もはや時すでに遅し。護衛の半分が奇襲によって失われ、統率が取れていない。近いうちに制圧されてしまうだろう。
「王族の馬車を襲うなど……貴様ら、天罰が下るぞ…」
「なぁに、王族も、死んでしまえばただの死体だ。神様も見分けはつかねぇよ」
護衛の最後の一人が小さくそうつぶやく。盗賊たちはふざけたように笑って、きちんととどめを刺し、護衛の息の根を止める。
盗賊の一人が馬の手綱を握り、別の一人が馬車のドアをこじ開ける。馬車から顔立ちの整った青年と、美しいドレスをまとった幼女が、盗賊たちの手によって引きずり出される。
「我々に何の用だろうか」
「悪いが、少しだけ小遣い稼ぎに付き合ってもらうぜ」
「申し訳ない。我々は急いでいるのだが」
「てめぇの都合なんざ知らねぇよ。ぶち殺されたくなかったらおとなしくしてな」
「…私たちにケンカ売るってことは、ガラテア王国を敵に回すってこと理解してるの?オジサン」
「体を震わせながらも王族であろうとするその姿だけは褒めてやる。だがな、相手を選んだほうがいいぜ。俺達ゃ怖いものなんかねぇのさ。だから、端っこのほうでうずくまってたほうがいいぜお嬢ちゃん」
「お頭、その子食っちまってもいいですか?」
「バカヤロウ、大事な金だ。価値を下げる真似許すわけねぇだろ。まぁ、遊ぶだけの金があるくらいまでは壊してもいいぜ」
そんな話をしているのを彼は木陰から聞いていた。彼の意識はもはや盗賊を殺すことにシフトしていた。彼のポリシーにのっとれば、あの盗賊たちは真っ先に粛清対象だ。だが、流石にやりあうのは厳しい。戦闘技術に自信を持つ彼だが、急に敵が現れるのでは、いくら何でも戦いにもならない。
「…どうやって潰すか」
ガラテア王国はかなりの力を持つ巨大国家。その国を敵に回すほどの力をあいつらが持ってるってんなら、だいぶ厳しい戦いになる。まぁ、ただのバカの可能性もなくはねぇが。
どちらにせよ、やりあうなら今しかねぇ。急に現れるなら急に消えることだってあり得る。視認できるうちに片を付けておきてぇしな。
できる限り近づいておきてぇが、いかんせん障害物がなさ過ぎて、まったくと言っていいほど隠れられる場所がねぇ。くそ、流石に丘からのこの距離からは遠すぎる。
いやまて。
おかしい。
俺は今、何を考えていたんだ?なんで俺は、ガラテア王国なんて未知の国を知っていたんだ?
ガラテアという国は、昔のトルコの別名称。現在の世界には、そんな国は存在してねぇ。ガラテア王国はかなりの力を持つ巨大国家なんて知識は俺にはないはずだ!
いや、なぜ俺はガラテアが昔のトルコの名前だということを知っている?そんなこと、学んだことも、聞いたことすらねぇ。俺にねぇはずの知識が俺の頭に入ってやがる?
おかしいのはそれだけじゃねぇ。よく考えれば、おかしいことだらけだ。歩いているはずの俺が馬車に追いつくわけがない。こんな離れた距離から、普通に会話しているだけのあいつらの声がはっきり聴きとれるわけがない。そして、俺にこんな風に鋭い思考ができるわけがない。
考えられるのはただ一つ。間違いねぇ。ああ、俺は理解しちまった。そうでしかない。この世界はもはや現実ではねぇ!この世界は…あの天使が作った、常軌を逸した力を持つ悪党がはびこる世界だ。くそったれが。




