ボロ儲け
ダンジョンの外に出て、まず一つ分かったことがある。
『神の叡智』こと、メタトロンは、ダンジョンの中でしか機能しないってことだ。まあ、ユニークスキルはマナが活性化していないと使えないから、ダンジョンの外で使えないのは当たり前といえば当たり前だが、メタトロンの能力は便利だから、少しがっかりしてしまった。
その後、会社に一応顔を出してから家に帰って、俺はPCに向かった。
「……少し勉強しておいた方が良さそうだな」
『ダンジョン』で検索をかけてみると、日本ダンジョン協会の公式のホームページがヒットした。
ページを開くと、なんだか古臭い、インターネット初期時代に作られたようなサイトが表示された。
『ダンジョンの歴史
ダンジョンは人類の歴史とともにありました。
地球の各地にダンジョンへとつながるゲートが偏在し、大昔の人々はダンジョン内で様々なアイテムを集め、資金稼ぎの手段として用いてきました。
ダンジョンを起源とする物品はレアメタルの『マナトリウム』『ドラゴニウム』『ゴッドメタル』などが有名です。これらは貴金属としても有名ですが、半導体やバッテリー、それ以外にも様々な電子機械の素材として用いられています。つまり、現代の文明社会もダンジョンによってもたらされた恩恵によって支えられているのです』
「……へー、確か、ゴッドメタルって、グラム100万円とかするんだよな」
となると結構金稼ぎにはなるかもな。と、思いながらページをスライドしていく。
『ダンジョンとは、我々の世界とは他宇宙と呼ぶべき別の世界です。物理定数がいくつか異なるため、電子機器は当然、重火器の大半も利用不可能です。そのため、ダンジョンに持ち込むのは刀剣や弓などの原始的な装備、あるいはダンジョン内で発見できるマナの含まれた『マジックアイテム』が推奨されます』
だからミカンも斧なんて使ってたのか。
普通に考えたら、マシンガンとかを持ち込んだ方が良いに決まってるのに、そうしないのは使えないからなのか。
『ダンジョン内ではマナが活性化します。マナは我々の世界にも多少存在していますが、ダンジョンの外ではマナが不活性化しているので、なんの効果も示しません。そしてマナとはダンジョン内でのみ有効なエネルギー元です。様々な使い道があり、マナの所持量によって身体機能も強化されます………』
……なんか、眠くなってきたな。今日はこれくらいにするか。
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翌朝、俺はまた会社に顔だけだしてから、すぐにダンジョン協会に向かった。
そこでとりあえず、ミカンに装備を見繕ってもらって、『チェインメイル』と『ウォーハンマー』を身に着けて、昨日と同じ『ちいさな洞窟のダンジョン』に移動した。
<二宮様、おはようございます>
ダンジョンに入ると、早速メタトロンの声が聴こえてきた。
(メタトロン、おはよう)
<今日は装備を身に着けてこられたようですね。ウォーハンマーを使うのは賢い選択です。これらならば、あまり筋力の無い二宮様でも、『サイレントストーン』の岩肌を打ち砕くことができるでしょう>
(もちろん、そのつもりで装備を選んだからな)
そう、今日の目的はサイレントストーン狩りだ。
一匹あたり1000Mという大量のマナ(まあ、それがどれくらい多いのかはよく分かってないが)をドロップする魔物を狩って、一気に強くなろうという目論見だ。
ちなみに、今日はミカンは居ない。
本当なら一緒に行く予定だったが、緊急の用事が入ってしまったんだ。
なんでも、とある幼稚園の近くにあるダンジョンの設備が古くなっていたらしく、子供がいたずら半分にダンジョンに入ってしまうのを危惧した保護者達が、ダンジョン協会にクレームをつけたとかで、ミカンは当面の間その対応に追われることになった。
ひとりぼっちなのは不安だが、今日は装備もきちんとしているし、まあ、なんとかなるだろう。
「よし、やるか! メタトロン、サイレントストーンの居場所を教えてくれ」
<二宮様の右前方、五メートルほどのところにある岩がそうです>
気合を込めて、ぐっとハンマーを強く握る。
そしてサイレントストーンに近寄り、思い切りハンマーを振り下ろした。
ガァンッ!
……ビリっときた。流石に、硬いな。
一応表面に少しだけヒビが入ったが、倒すまでには至らなかった。
(硬いな……これ、倒せるのか?)
<少々お待ち下さい。仮想演算を実行します>
メタトロンがそう言って、五秒ほど黙り込んだ。
<『仮想演算』の結果、今とまったく同じ打撃を12回同じ場所に与えれば、サイレントストーンを撃破できるという結論に至りました>
(なるほど……分かった。やってみる)
ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!…………
繰り返していくうち、次第に表面のヒビは大きくなっていって、そしてメタトロンが言った通り、12回目の打撃で、サイレントストーンは砕け散った。
パアッっとマナが飛び散り、俺の体の中に入ってくる。
すると、どんどん体から力が湧き上がってくるような感覚になった。
<1000Mを獲得しました。各種ステータスが大幅成長、
更に、ユニークスキル『神の叡智』が成長。新たに『神の風呂敷』機能が追加されました>
(神の風呂敷って?)
<神の風呂敷とは、異空間に通じる小さなゲートを作るスキルです。異空間内は1万立方キロメートルの容量がある無重力空間になっており、保管庫として利用できます>
(なるほど、大きなリュックサックみたいなもんか)
<その通りです。基本的に容量は無限と考えてくださって問題無いでしょう>
「すごい便利だな」
と言っても、現状は収穫物もゼロだから利用するのはまだ先の事になりそうだけど。
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俺は、その後もひたすらサイレントストーンを狩った。
最初は倒すのに13発もハンマーで殴らなきゃいけなかったが、マナを集めたことで肉体が強くなったらしく、二体目は6発、三体目からは3発、6体目はついに一発で倒せるようになった。
3時間ほど狩りを続けて、討伐したサイレントストーンの数は56体。マナは56000Mの稼ぎだ。
そしてサイレントストーンは倒した際に1000Mという大量のマナを落とすが、稀にマナだけじゃなくて白濁色の結晶を落とした。メタトロンに解析を頼むと、それは『マナトリウム』ということが判明。このマナトリウム、たしか価値はグラム辺り4000円ほどす希少なものだったはずだが……
しかも、ひとかけら100グラム程の重さがあるものを、合計3つも拾った。
つまり……100✕4000✕3だから……120万円相当の価値がある。
正直、もはや会社に戻る必要がないくらいのボロ儲けだ。
ありがたいと同時に、なんだかズルをしたような気分になる。ていうか、こんなに効率良く稼げるなら、どうしてダンジョン協会に入ろうという人間が世の中にはほとんどいないんだろう? 不思議だ。
おっと、そう言えばさらにもう一つ成果があった。マナを5万Mほど稼いだところで、更に神の叡智が進化したんだ。それによって、『神の加護』というスキルが追加された。
『神の加護』の効果は、俺自身に限って、ダンジョンの外でもマナが活性化したままになるというもので、ダンジョンの外でもマナによって肉体が強化され、ユニークスキルの使用が可能になる。つまり、外でもメタトロンが使えるようになった。
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成果物を持ってダンジョン協会に戻ると、
「おお、おぬしが新入りの二宮か」
俺を出迎えてくれたのはミカンではなくて、見たことの無い老人だった。
背中には薙刀を背負って、服装は袈裟によく似た和服を着ている。恐ろしくごつい見た目、まるで弁慶みたいで、かなり強そうだ。
「儂は会長の爪田國貞と申す」
爪田って確かミカンの名字と同じだな。
「ああ、もしかしてミカンさんのご家族ですか?」
「ミカンは儂の孫じゃ」
なるほどな、顔つきは全然似てないが……恰幅が良いってことだけは似てるな。
「ふふ、もしやお主、ミカンに気があるのか?」
「え……それは……」
この爺さん、いきなり何言ってるんだ。
そりゃミカンは若くて可愛いが……年が10歳は違うし……
「がっはっはっは……冗談じゃ!」
……冗談かよ。びっくりしたな。
「……さいですか」
「して、どうじゃ? この仕事は?」
「えっと、楽しいですね」
「楽しいとな? がははっ、これは随分と大物らしいな」
「あはは……そういえば、ダンジョンで拾ったアイテムがあるんですけど、これ、どうすれば?」
俺は『マナトリウム』の結晶の存在を思い出した。
一応、ダンジョンでの成果物だから、勝手に売ったりするのはまずいだろうし、この人が会長なら、適切な対応を教えてくれるだろう。
「ん……これは……」
國貞さんは、俺の手の上の鉱石を見て、白くてふさふさの眉毛がピクリと動いた。
「お主、これをどうやって?」
「ダンジョンで魔物が落としたんです」
「……ほう、魔物が落としただと? 魔力結晶はすでに掘り尽くされた資源と言われておったが……まさか、まだ残っていたとはな」
「これ、どうすれば?」
「おぬしが見つけたものだ、おぬしの好きにするが良いさ」
「そうですか。ありがとうございます。ではまた」
俺は國貞さんに別れを告げて、一度会社に帰ることにした。
ていうか、これ普通の店で買ってもらえるのかな?
と、不安に思いながら宝石店に向かうと、未加工の原石だから少し驚かれたが、無事に鑑定してもらえることになった。鑑定にはしばらくかかると言われて、俺はマナトリウム原石をあずけて会社に向かった。