むかしむかし
全員の体が固まった。
まさか、ゲートのすぐそばで待ち伏せされているとは、予想もしていなかったというのもあるが、それだけじゃない。
巨大な黒い騎士の体から発せられる威圧感は相変わらずだった。
随分強くなったと思っていた俺でも、不意打ち的にその姿を見た途端に自信は消し飛んでしまった。
背筋が冷たくなり、心臓が爆発しそうなほど早鐘を打っている。
多分、向こうにやる気があれば、俺たちは一瞬で殺されたはずだろう。
だが向こうも武器を抜こうとはしなかった。
「……やはり来たな。予想通りだ」
な……魔物が喋った?
どうなってる?
「だが、もう手遅れた。呆けて欲を出したな、人間」
黒い騎士は不気味に笑っている。
どうやら、今回も俺たちと戦うつもりは無いらしい。
「……いったいどうなってる。あなたは魔物じゃないのか……?」
俺以外の三人が、縮み上がって一言も声を出せずにいる中。俺はかろうじて声を出した。
ただ、相手が不機嫌にならないように、なるべく失礼のないように、丁寧な言葉づかいで。
万が一でも機嫌を損ねれば、俺たちは殺されるだろうから。
「俺は魔物ではない。どうやら、最近の若造は歴史というものを知らないようだな」
幸い、黒い騎士は至ってご機嫌な様子だった。声も明るく、饒舌になっている。
ならば俺のするべきことは、ひとつ。
相手の求めていることに応えることだ。
相手は今、自分がどんなことをしたのかを誰かに知ってもらいたくてたまらないという様子。
となると、俺は素直に質問するべきだろう。
「歴史ですか?」
「そうだ。お前はダンジョンがどういうものなのか、知らないのだろう?」
「……ダンジョンっていうのは、俺たちが暮らしているのとは違う世界でしょう」
「まあ間違ってはいないな。しかし、それでは説明になっていない。
……お前たちは俺にとっての救世主だし、少し話をしてやろう」
そう言って、黒い騎士は長い話を始めた。
「ダンジョンというのは、お前たちの暮らしている世界とは遠く、果てしなく遠く、次元の違う世界なのだ。
あまりにも遠く、本来ならどんな手段でも関わりを持つことができないほど遠い場所だよ。物理法則すらわずかに異なり、常識の通用しない世界」
「……それは、聞いたことがあります」
「ではなぜダンジョンがお前たちの世界とつながったのか、それは疑問じゃないか?
一体ゲートというのは誰が作ったのだ?」
「それは知りません。もしかして、あなた達が?」
「くっくっく、違う。ゲートを作ったのはだな、お前達人類だ。
今のお前たちと同じように、欲望に駆られ、危険をかえりみず、実験的にゲートを作り上げた。
『バベル計画』とか言われていたらしい。お前達はゲートを使って『天上の世界』に行こうとしたが、つながったのは我々の世界だった。
その結果、我々の世界はゲートでお前たちの世界に繋がると同時に、バラバラに砕けてしまった。
本来ならば我々の世界もお前たちの暮らす世界と同じように、一つの大きな世界だったんだが、お前たちのせいで、世界は細切れになってしまったというわけだ」
「そんな馬鹿な……」
「たしかに馬鹿だよ。人類は本当に馬鹿だ。
しかし同時に、偉大でもあった。
当時の人類は魔法文明によって栄えていたんだ。
物に魔法を込め、便利な道具を作っていたよ。それに、ひとりひとりが強かった。
少なくとも、今のお前たちとは比較にならないほどな……」
……そんな話は聞いたこと無い。
ダンジョンは文明が出来た最初からあった。そういうふうに聞いているが……
それに、この黒い騎士の話はおかしい。
「魔法? 馬鹿な、俺達の暮らしている世界じゃ魔法は使えないはずです。
俺たちの世界じゃマナは不活性化してしまう。だから魔法は使えません」
魔法はスキルの一種だ。
まあ、スキルが魔法の一種と考えてもいいが、ともかく同じこと。
活性化したマナがなければ使えないものだ。つまり、俺達の暮らす世界で魔法文明が生まれるはずは……いや、待てよ。
「そうとも。今のお前たちの世界では、マナが不活性化してしまう。
それはお前たち人類が、我々の侵略を恐れたがゆえだ。
我々はマナが不活性化してしまえば、命を失う。しかし、人類はマナが無くとも死ぬことはない。
だから人類は、我々との戦いを終わらせるために、『リアリズム』と呼ばれる魔法を作り出した。それは永続的な世界魔法。マナを不活性化させてしまう、恐ろしい魔法だった。
我々は細切れにされたダンジョンに逃げ戻る以外に道はなく、分断され、今や他の世界がどうなっているのかを知ることすらかなわないというわけだ。お前達がここへ来なければ、おそらくは永遠にそのままだったろうな」
……なるほど、俺たちの世界で魔法が使えないのは、人類が自らそうなるようにしたのか。
その次代の文明について記録が残っていないのは、おそらく『リアリズム』によって、魔法文明も滅んでしまったからだろう。それなら、こんな重要な話が現代に伝わっていないのも納得できる。
「そして……それを、『銀炭』によって解除しているってわけですか」
「お前達は『あれ』を銀炭と名付けたわけか。まあ、名前はまだつけていなかったからちょうど良いな。確かにそのとおり。銀炭をお前たちにわざと持ち帰らせて、向こうの世界を『最適化』するのがわたしの目的だ」
「それで我々というのは? 結局、あなたは誰なんですか?」
「わたしか?」
黒い騎士は、そう言いながら兜を取った。
その下から現れた顔は、2つの角を頭頂部に生やしていて、赤黒く、そして……不気味だった。
「わたしは……ルシファーだ。魔物ではなく、悪魔だ。支配者と言っても良いがな」




