サボリ開始
今朝、出社してすぐに、トイレに行くふりをして会社の外に出た。
めちゃくちゃ堂々と仕事をサボっているわけだが、部長はもちろん、山田にも呼び止められずに、無事に会社の外に出られた。やっぱり、みんな俺に興味が無いようだ。
そしてミカンと約束を守るために、電車を乗り継いで東京の西の外れに向かった。
降りたことも無いド田舎、山と森と川しかな無いような場所に、今日の目的地である「0021-tokyo-jp」こと「ちいさな洞窟のダンジョン」がある。
ダンジョンの入口は地下鉄への入り口みたいになっていて、その側にミカンが立っていた。
「あ、二宮さん! こんにちは」
「ああ、どうも。って、凄いなその格好」
ミカンの服装は、まさに重装備だった。
戦国武将みたいな甲冑を着ている。ただ、腰には刀はさしていなくて、背中に巨大な斧を背負っている。
そした腰には小さなランタンがついていて、火が灯っていた。
「ダンジョンに行くんですから、これぐらい着ておかないと。二宮さんも、今度からはダンジョン協会の装備を貸してあげますから、ちゃんとしたものを着るようにしてくださいね」
「そうだな、次があればそうするよ」
「それじゃあ行きましょうか」
階段の降りると、そこには施錠された扉があった。
扉は金属製だが、もう随分昔に作られたものらしい。所々がサビている。古い鍵みたいだし、ピッキングも簡単にできそうだ。
「……ていうかこれ、その気になれば誰でもダンジョンに忍び込めそうだな」
「そうですねー、でも、どうせダンジョンに入ろうなんて人は滅多に居ないので、大丈夫ですよ」
そう言いながら、彼女が鍵を差し込んで扉を開くと、奥には妙なものがあった。
白く光る渦巻のようなものだ。なんだ? これ。
「これは?」
「これがゲートです。ダンジョンに入るには、このゲートを抜ける必要があるんですよ」
ミカンは躊躇することなく、その光の渦に突っ込んでいった。
……なんか怖い。
戻ってこれるのかな?
そう思いながら、俺もあとに続く。
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「……うわっ」
一瞬、意識が途切れたような感じがしたと思ったら、俺は洞窟の中に立っていた。
ミカンの腰についているランタンの光以外には光源がなくて、薄暗い。
「ここが、ダンジョンなのか? なんか、普通の洞窟みたいだな」
ダンジョンの中は、俺達の暮らしている世界と大差無かった。
薄暗くて、濡れていて、ちょっと寒い。昔、旅行で行った鍾乳洞に似ている。
「それで、ユニークスキルはいつになったら分かるんだ?」
俺がそう言うと同時に、
<あなたの所持するユニークスキルは『神の叡智』です>
という返答が聴こえてきた。
……ん? 何だこの声。機械が喋ったみたいな、無機質な声だ。
「なんだ? 今の声?」
「え? 声なんてしました?」
ミカンは不思議そうな顔で俺を見てきた。
……どうやら、この声は俺にしか聴こえていないようだ。
<私は二宮様の所持するユニークスキル、『神の叡智』です。ちなみに、私は二宮様の思考とリンクしていますから、声を出す必要はありません>
(え? お前がユニークスキルなのか?)
<その通りです>
(ユニークスキルって、喋るんだな)
なんか想像していたのと違うが、便利そうだ。
<少なくとも、私自身に関してはそうです>
(具体的には何ができるんだ?)
<能力は『完全記憶』『仮想演算』『解析』の3つです。そして能力を統括しているのが自立思考システムである、私、メタトロンです>
(そっか、分かったよ。お前はメタトロンって名前なんだな)
3つも能力があるのか。けど、どれも戦闘ではあんまり役に立たなそうだな。
「ちょっと、二宮さん? どうしたんですか? さっきからぼーっとしちゃって」
「ああ、実は今ユニークスキルが脳内で喋り始めててさ」
「ユニークスキルが喋ってる? 何言ってるんですか?」
ミカンは怪訝そうな目で俺を見ている。
「……あれ? もしかしてユニークスキルって、普通は喋らないのか?」
「当たり前ですよ! そんなの聞いたことありません」
となると、この能力は珍しい能力なのか。
「なら、ミカンのユニークスキルはなんなんだ?」
「ちなみに、私のユニークスキルは筋力の強化です。だから重装備を身に着けても、軽々振り回せるんです!」
と、身の丈ほどもある巨大な斧をブンブン振り回した。
「へー、強そうな能力だな」
俺もそっちの方が良かったなぁ……派手だし、強そうだ。
と、思った途端。
<お待ち下さい、彼女のユニークスキルは筋力強化ではありません>
『神の叡智』が声を出した。
(どういうことだ?)
<たった今、彼女を解析してみたのですが、彼女の持つユニークスキルは筋力の強化などではなく、『重力操作』です。筋力が強化されているから装備を軽く感じているのではなく、彼女は無意識的に重力を操作して、重装備を本当に軽くして扱っているんです>
(え? そうなのか?)
「なあミカン、お前の能力、本当は『重力操作』らしいぞ」
「え?……どういうことですか?」
ミカンは、すぐには俺の言っていることが理解できない様子だった。
だから俺は、自分の能力について彼女に詳しく説明し、その上で、メタトロンの言葉をはっきり伝えた。
「えーーっ! そうだったんですかぁ! 全然気づかなかったなぁ。ありがとうございます、二宮さん。それにしても、凄い能力ですね! 他人が持ってるスキルを知ることができるなんて」
「そ、そうかな? あはは」