なんだか物足りない
最近、俺はダンジョン協会に顔を出さなくなった。
何故かと言えば、凜音がダンジョンで死にかけたのが一番大きな原因なんだと思う。
それに、あの時は居場所の無い会社を辞めようとしていたり、幹人の命を救うという大義名分があったというのもあるだろう。
……ともかく、目的が無い以上、命を描けてまで金稼ぎをするつもりは毛頭無かった。
そもそも俺みたいなタイプの人間には、何かに一生懸命になるということもあまりない。
会社に復帰し、メタトロンの力を借りながら、その日その日をやり過ごすしている。
ちなみに凜音もダンジョンには行っていない。彼女はあれからはもう弟の幹人につきっきりらしく、今はアメリカに居るらしい。
ただ、ミカンは相変わらずダンジョン協会で仕事をしていて、「最近はダンジョンブームで沢山人が来てくれるんですよー!」と、久しぶりに会うと嬉しそうだった。
そうだ。ダンジョンブームの本格的な到来という出来事もあった。
俺たちが見つけた新物質が世界的に話題になったからだ。
新物質の名前は『銀炭』という名前がつけられ、今現在もその用途が研究されている最中。
銀炭が話題になると、ダンジョンという存在も再び注目されるようになった。
ゴールドラッシュと言うべきか、ダンジョンバブルとでも言うべきか。ともかく、時代が少しだけ変わりつつあり、そのきっかけを作ったのが自分だと思うと、少し信じられないような気もする。
そして今日も一日、朝から仕事だ。
といっても、実質的に仕事をしているのはメタトロンの方で、俺自身は体を動かしているだけだが。
「二宮『課長』! 昨日頼まれてたデータ整備、終わりました」
「おつかれ、山田」
「いえいえ、全然疲れてませんよ。二宮課長がどんどん新しいツールを作ってくれるので、前よりずっと能率よく作業が進みます」
「そうか? それは良かった」
「本当に二宮課長さまさまって感じっす!」
そして、最近はあまりダンジョン協会に行かなくなくなって、本業のSEに少しだけ力を入れていた。
メタトロンのお陰で、常人の10倍ほどの効率で仕事が出来るから、出世も早かった。
後輩である山田をあっというまに追い抜いて、今や課長だ。
まさに前例の無い超速出世だ。一年も経たずにヒラから課長までのし上がったのは、会社の歴史でも俺が最初らしい。
……だが、なんていうか……
「退屈、だな……」
そう。退屈だった。
仕事はメタトロンの言うとおりに動くだけから、ほとんど単純作業に等しい。
メタトロンはミスをしないから、当然、仕事でもミスはありえない。
多分、俺はもっといい仕事に就くこともできるだろう。
実際、ヘッドハンティングの話がすでに何件も来ている。特に、取引先の大手企業からの声が大きい。が……
そういう気分にはなれなかった。なんていうか、俺は根っからの窓際族タイプなんだ。
出世には興味ないし、金も、生きていける分の最低限でいい。
だからメタトロン任せで、何も考えなくてもいい今の生活は最高のはずだった。
……けど、今の生活には何かが物足りない。そう思ってしまう自分が居ることにも気づいていた。
そんな折、昼休みを迎えたときになってアメリカに居るはずの凜音から電話が掛かってきた。
(ちなみに、念話の有効距離は半径2キロらしく、遠距離では電話で話す必要がある)
「なんだ、凜音」
「先輩……お久しぶりっス。実は今日、日本に帰ってきたんで、暇なら今から会いませんか?」
電話口の凜音は、なんだかちょっと元気がない。
これは、なにかあったのかな?
となると、話を聞いてやったほうが良さそうだ。
午後も仕事があるが、少しくらいサボっても、どうせ誰も俺を注意できないし、別に良いだろう。
「もちろん良いとも。昼飯は食べたか?」
「まだっス」
「なら昼飯でも食べなら、少し話そうか」




