戦いの末に
ドラゴンとの戦いは、かなり長く続いた。体感時間だとおよそ30分か、それ以上だろう。
ミカンがひたすら回避に専念し、俺と凜音が隙をみて攻撃を仕掛ける。
一撃食らったらアウトな以上、あまり深追いすることも出来ないから、完全な一撃離脱の戦いだ。
そのうえ、あまり本気で攻撃しすぎると、俺たちがヘイトを集めてしまい、ドラゴンの攻撃対象が変わってしまう。そうならないように、攻撃はある程度手加減する必要すらあった。
強敵相手に手加減しながら戦うってのは奇妙なものだが、それをやっただけの価値はあった。
「ギィ……ギィ……」
ドラゴンの肉体には、既にダメージがひどく蓄積していた。
両翼はズタボロで、まともに空を飛ぶこともできない。そして、出血のせいだろうか、動きも鈍い。
(そろそろトドメを刺そう。ミカン、また君にまかせても良いか?)
(任せてください)
ミカンはそう言って、ドラゴンの遥か頭上に飛び上がった。
「『超重化』!」
ミカンの手に持ったタダでさえ重そうな巨大な斧が、隕石のように落ちてくる。
そしてドラゴンの頭に直撃すると、ドラゴンは頭を雪に埋めて完全に動かなくなった。
けれど、油断はできない。そう思いながら様子を伺っていると、ドラゴンの体はマナに分解され、俺達の体の中に入っていった。
「やったっス!」
凜音の叫びで、俺もようやくそれを理解した。
勝った! 勝ったんだ! そう思うと同時に、凜音がバタリと倒れこんでしまった。
「さ、寒いっス……」
戦っている最中はそんなことに気づく余裕もなかったが、凜音の顔面は蒼白だった。
「大丈夫か! 凜音!」
凜音を抱き起こすと、その体は驚くくらい冷たい。
生きているのが不思議なくらいだ。
……どうやら、無理をさせてしまったみたいだ。
最初から懸念していたことだったが、ドラゴンとの戦いで、思慮の外になっていた。
<凜音様は低体温症を引き起こしています。ただちに神の風呂敷に収納しますが、急ぎ病院に向かった方が良いかと思われます>
(分かった。けど、メタトロン。絶対に凜音を死なせないでくれよ)
<……了解しました。ドロップ品はすでに神の風呂敷に収納してありますので、急いてご帰還ください>
それから、俺とミカンはがむしゃらになって走った。
俺たちは今、山の上のダンジョンに居る。外に出てもまだ、下山が残っている。
ふと、凜音の運が悪いことが頭をよぎった。こんなこと、考えてはいけないと分かっているのに、最悪の事態が頭から離れない。
(くそ)
『ダンジョン協会に入った人間の半分が一年以内に命を落とします』
ミカンの言葉が、今になって重くのしかかってくる。
……もしもこれで凜音が死んだりしたら、責任は俺にある。
このダンジョンに向かおうと提案したのは俺だし、ドラゴンと戦う覚悟を決めたのも俺だ。
(くそ……おれのせいで……)
(二宮さん、落ち着いてください。動揺すれば、結果はより悪い方向に向かいます)
(ミカン……そうだな。悪かった)
そうだ。焦ってはまずい。
実際、俺とミカンだって安全に帰ることができるわけじゃない。
下山するときには、またあの断崖絶壁を通らないと行けないし、ダンジョンの中には雪男も居る。
……落ち着け、俺。
そう言い聞かせながら、可能な限り早く走り続けた。
@
結論から言えば、俺たちは無事にダンジョンから帰還することに成功した。
さらに下山を終えて、麓の病院にたどり着くと、凜音はすぐに集中治療室に運ばれた。
症状は深刻、深部体温が下がっていて、予断を許さない状況だった。
なにか出来ることがあれば良いが、俺に出来ることはない。
ただ、待つことしかできない。
……俺は、馬鹿野郎だ。
後悔の念が膨れ上がる。
メタトロンという力を手にして、万能感で無茶をしすぎてしまった。
そのせいで、このザマだ。
「クソ!」
「二宮さん、病院ですから静かにしましょう」
「……そうだな。ごめん」
「謝らないでください」
ともかく、今は待つことしかできない。




