白花ノ獄1
崖裏にある割れ目の奥に、ゲートがあった。
そしてゲートの向こう側は、白い雪景色だった。
ダンジョンという割には壁も屋根もない、完全な屋外だ。
雪の勢いはそれほど激しくないものの、絶えず降りつづけているために、視界は悪い。
(メタトロン、二人を風呂敷から出してくれ)
<了解しました>
神の風呂敷から出てきた二人は、既に登山服から戦闘服への着替えを終えていた。
……が。
(なんすかここ! 寒いっス!)
凜音は両手で自分の体を抱きしめるようにして震えている。
<現在気温、マイナス10℃です。長時間の活動は低体温症の危険があります>
(マイナス10℃か、結構キツイな)
俺はまだ良いが、凜音は細身だから、彼女の様子を常に確認しておかないとまずそうだ。
(えー、そんなに寒いですか??)
ちなみにミカンはニコニコ笑っている。
身にまとった筋肉量の違いだろう。基礎代謝が全然違うな。
(凜音、きつくなったらすぐに言ってくれ。ギリギリになってからじゃあ手遅れだからな)
(りょ、了解っス)
(さて、と。 メタトロン、周囲の様子はどうだ?)
<解析範囲20メートル以内には魔物は居ません。ともかく、進んでみることをお勧めします>
(分かった)
視界不良の中、俺たちはザクザクと雪を踏みながら進んでいった。
正直、メタトロンが居ないとかなりキツイダンジョンだろうな。雪の中で魔物が待ち伏せしていたら見つけるのは難しい。が、もちろん、メタトロンの解析は視界の悪さとは関係なく、半径20メートル以内の状況を正確に把握してくれている。
(中々魔物が出てこないっスね)
……10分ほど歩き続けたが、何も見当たらない。雪景色が延々と続くだけだ。
メタトロンは正確に地形を把握&記憶してくれているから、迷う心配はないが……
(これは、失敗だったかもな)
(そうっスね……)
全くもってなにもない。こんな僻地にあるダンジョンのくせに、なんにも無いなんて。
……しかも、あんな崖っぷちを通ってやってきたのに。クソ。
そう思った時。
<賢治様! 止まってください! 魔物の反応があります>
メタトロンの声が響き、俺たちは立ち止まって武器を構えた。
(どこだ?)
<正面、20メートル先です>
目を凝らすと、俺は空中に人間の顔らしきものが浮かんでいるのが見えた。
……いや、顔が浮かんでいるんじゃないな。体が白くて、顔だけがよく見えているだけだ。
(……なんスか、あれ)
<名称:不明 所持マナ;800
概要:全身を白い体毛に覆われた二足歩行生物。全長は2・7メートルで、体の構造はサル目に分類される生物種によく似ている>
(雪男……か?)
そうだ、その魔物は伝承に聞く雪男によく似ている。イエティと言っても良いかもしれない。
顔つきは人間と言うよりも、ゴリラや猿に近く、あまり知性は感じられない。
(もちろん、戦いますよね?)
ミカンが大斧を構えて、一歩前に出た。まったく、好戦的だな。
(メタトロン、データベースにこいつの情報はあるのか?)
<該当データ、ありません>
該当データ無しということは、つまり、レアなアイテムをドロップする可能性もあるということだ。
となると戦わない理由はないか。
(よし、やろう。ミカンは前に出て、敵の注意を引いてくれ。俺と凜音がサポートする)
(OKです!)
ミカンは白い雪を蹴って、雪男に向かって飛びかかった。
彼女は重力操作によって、自分の体を宙に浮かすことが出来るから、それはジャンプというよりか、空中浮遊と言った方が良いかもしれない。
「ウゴッ!?」
雪男は宙に浮いているミカンに驚いて、注意が完全に彼女に向かった。
その隙をついて、雪男の横に回っていた凜音がロングソードで仕掛けた。
「てえぃ!」
その攻撃は、雪男の右足に入った。
白い雪が赤く染まり、雪男はその場に膝をついた。
(よし、ミカン。今がチャンスだ)
(任せてください!『超重化』)
空中を浮遊していたミカンは、雪男の真上で止まり、急激に落下した。
手には斧を構えていて、どうやら武器を一気に重くしたらしい。
斧は雪男の体の中心を捉え、真っ二つに切り裂き、それでも勢いが消えず、地面に降り積もっている大量の雪を弾き飛ばしてしまった。
(ナイスだ!)
俺は何もしてないが……ともかく、良かった。
そして雪男が立っていた場所には、白くてふさふさとしたものが残っていた。




