禁区
ダンジョンの中は、建物の中のようになっていた。と言っても、明らかに人間向けの建物じゃない。恐ろしく天井が高く(おそらく10メートルほどもある)、窓の外は完全な暗闇だった。
(……不気味っス)
(だな)
俺と凜音は、ビクビクと建物の中を歩き続けた。
影には燭台が掛けられていて明るく、床には赤い絨毯が敷かれている。一体誰のための絨毯なのかはまったく分からない。だが、ともかく不気味だった。すべてが俺たち威圧しているように感じられた。あの無機質な『ちいさなダンジョン』が懐かしい。
ビクビクと怯えながら道を歩き続けるが、中々魔物の姿は見えない。
だが、何かが居るのは間違いなかった。遠くから足音が聴こえてくるからだ。
がしゃんがしゃんという金属的な響きから察するに、甲冑を着ているというのはおよそ推測がつく。
しかし、魔物が甲冑を着たりするんだろうか? そんなことを考えながら、角を曲がった瞬間だった。
<賢治様! 全力で逃げてください!>
メタトロンの声が響くと同時に、俺は廊下の奥に居るその存在に気づいた。そして脊髄で恐怖を感じた。
逃げなくてはいけない。そう感じるのに、逃げられない。体が凍ってしまったようだった。
俺たちの前方には、西洋風の黒い甲冑に身を包んだ人物が立っていた。
と言っても、大きさは3メートルを優に超えていることから判断するに、人間ではない。動きは本物の騎士のように優雅だが、その体から放たれている威圧的で、不気味なオーラはメタトロンの解析結果を聞くまでもなく、俺達では遠く及ばない力の持ち主であることを証明していた。
そして向こうはも俺たちに気づいたらしく、兜の下の赤い光が俺たちを睨みつけてきた。
(先輩! 逃げるっス!)
凜音の声が脳内に響き、恐怖で固まっていた体がようやくほぐれた。
<凜音様、煙幕を!>
(了解っス!)
凜音のスキル『煙幕』が発動した。凜音の口から灰色の煙が猛烈な勢いで吐き出され、視界は一瞬にしてゼロに。しかし、メタトロンは『解析』によって周囲の状況を把握できている。俺と凜音はメタトロンの指示に従って全力で逃げた。
………………
背後から足音は聴こえない。どうやら追ってきてはいないようだった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……追ってきてはいないな」
「やばかったッス……」
幸い、あの『黒い騎士』は俺たちにさほど興味も無かったようだ。そうでなければ、絶対に殺されていた。煙幕など関係なく、あいつは俺のことを殺すことが出来ただろう。と、俺は裏付けもなくそう確信していた。それほど、圧倒的なプレッシャーだった。
「……帰ろう。ここはヤバすぎる」
<私も同意見です。先程の『黒い騎士』、なぜか解析も不可能でしたし、あまりにも危険です>
メタトロンも、解析不可能というかつて無いイレギュラーに遭遇して怯えているらしい。普段は機械のような声色が、今はどこか人間らしくなっている。
やはり、禁区は文字通り『禁区』だった。そのことを理解して、俺たちは来た道をその通りに引き返していった。
そしてゲートの直ぐ手前にたどり着いた時、俺たちはその存在に気づいた。
<賢治様、魔物の反応があります>
(……確かに、来た時にはあんな銅像は無かったな)
廊下の真ん中に、石像が立っていた。
全裸で、男性をモチーフにしているもの。しかも全裸だ。
(ま、丸出しっす)
凜音が石像の股間をみて、少し恥ずかしそうにしている。
(動く気配は無いな……メタトロン、どうだ? 危険なのか?)
<少々お待ち下さい、只今解析中……………………解析完了。
解析結果:
名称:不明
所持マナ量:10M
特徴:全体的にスペックは低く、脅威とはなり得ない>
(なんだ、雑魚か)
所持マナ量が10Mということから判断しても、おそらく大した事はないだろう。
……倒すメリットも特に無いが、道を塞いでいて邪魔なので、俺はウォーハンマーで石像をぶっ叩いて破壊した。
すると石像は、一撃でバラバラになって、マナになってしまった。
弱すぎて悪いことをしたような気分になるな。
「ほんとに雑魚っスね」
凜音が言う。
と、その時だった。
<賢治様、魔物がアイテムをドロップしました>
メタトロンに言われて、魔物が立っていた場所に目を凝らすと、赤い絨毯の上に少量の白い砂のようなものが落ちていた
「え? これ?」
……ただの砂にしか見えない。倒したのが石像だから、石膏かな?
まあ、折角だし持って帰るか。
(メタトロン、神の風呂敷に入れといてくれ)
<了解しました>
……そんな感じで、禁区での冒険はあっという間に終わってしまった。




