無能サラリーマンの悲しみ
俺は今年で32歳になる二宮賢治だ。
職業はSE、俗に言うサラリーマンだ。
賢そうな名前をしているが……
「はぁーーーーっ! まじでこんな事もできないんスカ?
コーディングは設計書通りに進めるだけんですから、簡単でしょ?」
「す、すみません」
「もう、仕事しないで良いっすから、先輩はお茶くみでもしていてくださいよ」
「……」
「なんすか? その目は」
「い、いや、なんでもないです」
「まじで使えねーっすね、二宮先輩」
現在、3年後輩の山田に怒鳴られて、マジで凹んでいる最中。
俺はもう死んだ方が良いかもしれないな。
今の会社に務めて早10年。最初から仕事はできない方だったが、未だにそれは変わらない。
同期たちはすでに役職を得ているし、後輩の中にも上司が居る。
だというのに、未だに俺はミスばかりで、新入社員と同レベルか、それ以下の仕事しかできていない。
……はぁ。
「おいおい山田、二宮は先輩なんだから、もう少し優しくしてやれよ」
部長が半笑いで俺のフォローに入る。
「え~、だってマジで使えねーんすよ、この人」
「あはっはは、山田さんひどーい」
俺に聞こえているのが分かっているのに、同僚たちは俺のことをネタに笑っている。
けど、俺には反論する権利すらないことが分かってる。
実際に俺は給料泥棒だ。本当に無能で、なんの仕事もできない。
資料を作れば誤字脱字、プログラムを組めば大量のエラー、かといって営業ができるほど愛想も良くない。だとすれば、何をすればいい? いや、何もすべきことなんて無いんだ。
……そう思うと、泣きそうになる。
俺は席を立った。
「あのっ! 俺……ちょっとトイレに行ってきます」
「またサボリっすか? まあ、下手に仕事をされるより、その方が助かるんで良いっすけどね。ていうか、もう戻ってこなくっても良いっすよ」
俺の背中に、山田の声が突き刺さる。
「……」
俺は、オフィスを飛び出した。もちろん、まだ仕事時間中だし、そんなことをしてはいけない。
やったら駄目だと分かっているが、我慢できなかった。
これ以上こんな場所に居たくない。という気持ちがあまりに大きかったからだ。
☆
「こんなにいい天気なのに、仕事なんてしてられるかよ……」
俺は、会社からしばらく歩いた場所にある公園に向かった。
当然、堂々とサボった以上、仕事はクビになるだろう。これだけ堂々とサボれば、向こうも俺のクビを切る理由ができて、嬉しいくらいだろうさ。俺も、仕事を辞められるし、むしろwin-winの関係なのでは?
……なんてな、俺、何やってんだか。
「……まあ、こうしてるの一番良いのかもな」
ていうか、もう辞表を出した方が良いかもな。それが、俺にできる唯一の善行ってものかもしれない。
きっといつかは普通に仕事ができるようになるだろうって思ってたのに、その日はついに来なかったんだ。
俺は多分、人間として欠陥品だったんだろうな。
「次の仕事……どうすっかなぁ……」
青い空は答えてくれない。俺はベンチに横になった。
俺にできる仕事なんて、たかが知れてる。おそらく肉体労働ってやつをすることになるだろうな。
嫌だけど、仕方ない。
最近ブルーカラーは人気が無いから、その分給料も高いって言うし、悪くないかもな。
けど、肉体労働は上司も厳しそうだし……やっぱり嫌だなぁ。
そんなことを考えていると、ひとつの足音がこちらに近づいてくるのが聴こえた。
「あのー……すみません。つかぬことを伺いますけど、おじさん、今は暇ですか?」
「ん……?」
体を起こすと、いつの間にか一人の女の子が目の前に立っていた。
服装はジャージ。年は多分二十歳前後くらいだろう。背は高くて、体つきも良い。
なんていうか、スポーツ選手っぽい感じだった。髪型も黒髪のショートだし。バレーとかやってそうだな。
「良かったら、これどうぞ」
彼女は俺に一枚のビラを手渡してきた。
「……はぁ。どうも」
「それじゃ! 興味があったらぜひ来てくださいね!」
そう言って、女の子は立ち去っていった。
何だったんだ? と、思ってもらったビラに視線を落とした。
『来たれ! 新戦力!老若男女問わず、誰でも大歓迎!
あなたもすぐにダンジョン士になれます!』
ごく安っぽいチラシだった。まじでセンスの無い、そこら辺の学生が作ったようなチラシだ。
無駄に文字が3Dになってるし、読みづらい。こんなもんで人が集まると思ってるのかな?
「はは……ダンジョン協会って、まだ残ってたんだな」
けど、なんだかそのゆるーい感じが気に入った。
ダンジョン協会って、本当に人手不足が酷いらしいから、俺みたいな奴でも簡単に入れるだろうし……
給料とかどうなのかな? 良かったらやってみても良いかもな。
「さっきの子も、可愛かったしな」
そうだ。どうせ他に行くアテも無いし、会社にこのまま戻る気にもなれない。
俺はビラを頼りに、ダンジョン協会東京本部を尋ねることにした。