7話 ハグルマは騙せない
【ハグルマ視点】
目を覚ますと見知らぬ天井でした
ギアさんのお家ではありませんね、何処かのビルの応接室でしょうか?
テーブルを挟むように大きな二つのソファーが置かれています
私はそのソファーに寝かされているみたいです
エアコンが効いて寒くはないのですが、ウサギさんがプリントされたタオルケットが掛けられてました
いったいここは何処なのでしょうか?
私は広場でバーベキューをしていたはずなのですが…………まさか、お持ち帰りされたのですか!?
「起きたか」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
不意打ちに声を掛けられて思わず叫んでしまいました!
びっくりして振り替えると、ソファーの影からキツネっぽい耳を頭から生やしたおじさんが立ち上がり見下ろしているではないですか
大きいです!二メートル近くはありそうな長身で筋骨粒々なマッチョさんです
黒髪をオールバックにした黒のスーツにサングラス姿ですが、どちら様でしょうか?初めましてですよね?
要人警護のえすぴーさんみたいな迫力ある方を忘れるとは思えないんですが
「少し待ってろ、飯を持って来る」
「え?あの……」
叫び声は無視ですか?
マッチョさんは私を残してドアから出ていきました
さてどうしましょう?
いくら成人女性と言えど…………こほん、いくら心が成人女性と言えども、無断外泊はギアさんが心配しそうなので連絡を入れたいのですが
昨日ゲッウェイさんに無理矢理持たされた携帯電話が見当たりません……落としたのでしょうか?
私はお部屋に向かって話し掛けます
「お家さん、私の携帯電話を知りませんか?」
お部屋が淡く瞬くと、私に声なき声が聞こえて来ました
───………………───
ふむ、どうやらこのビルには無いみたいですね……今さら気付きましたけど、着ている服も昨日ゲッウェイさんに買って貰った寝巻きの浴衣です
どういう事でしょうか?
寝巻きとかはギアさんのお家に置いてきたはずなのに、なんで着替えてるのでしょうか?
ガチャ
考え事をしていたらドアが開いて、マッチョさんが帰って来ました
一抱えはある大きなタライを持ってますけど、何故でしょうかね?
飯を持って来ると言ってた気がしたのですが、聞き間違えたのでしょうか?
洗濯にも使えそうな大きなタライです、洗濯板の代わりに食器と薬味なんかが載った手提げ盆を持ってますけど……まさか、ですよね……
「有り合わせで悪いが食ってくれ」
テーブルの上に置かれたタライの中には水が張られ、十玉くらいのうどんが入ってました……まさかでしたよ
こんなの絶対におかしいです!
なんで初対面の方にまで大食いだと思われてるんですか!?
「あの……私は身体が小さいから、そんなに食べれないですよ」
無言でカチャカチャとお椀に汁を注いで薬味を入れるマッチョさん
またスルーです!
シクシクシク……私この人とコミュニケーションを取れる自信がありません
もういいです
せっかく用意して貰ったご飯を食べないのも無礼なので頂きますけど、食べたらさっさと帰らせてもらいましょう
「すいません朝食の用意までしてもらって……いただきます」
手を合わせて感謝を述べると、タライからうどんを取りました
おっと取りすぎましたね、一度に半玉くらい取ってしまいました……これは食べきれるか微妙ですね……でもお箸を付けたからには食べきらないと無作法ですし、頑張って食べなくては
覚悟を決めると私はうどんをお汁に浸けてツルツルと啜ります
……うん、これは!
私が主食にしていた一玉四十円の冷凍うどん!
よくこれを茹でては醤油をかけて食べてたものです、お汁と薬味がある分こっちの方が豪華ですけど……懐かしい味なのですよ
茹で方を知らないのか所々小さく千切れていたりくっ付いているのはご愛嬌ですね
私も最初の頃は同じ失敗をしたものです
社長さんの所に居た頃は自炊していたので、これでも料理には自信があるのですよ
食材を買えなくなってからは調味料料理も極めましたしね
知ってますか?アヒージョって油の味を楽しむ料理なのですよ
だからオリーブ油に一味唐辛子とチューブニンニクを入れて温めだけでも、立派なアヒージョなのです
……パンは食べたことありませんが、いつか具が入ったアヒージョをパンに付けて食べてみたいですね
「足りないみたいだな、冷凍の唐揚げがあるから少し待ってろ」
「キャラッゲ!」
恥ずかしい、嬉しさの余り噛みました
だって唐揚げですよ唐揚げ!油を大量に使うから食べた事はないですけど、国民食になるくらい美味しいと言われる唐揚げですよ!
私なら唐揚げに使う油だけで10日は食い繋げられる唐揚げですよ!
淑女としてはしたないですけど、これは御相伴に預かるしかありませんね!
しかし、足りないとはどういう意味でしょうか?
タライいっぱいのうどんを私が食べきれるとでも………………私の右手が空っぽになったタライにお箸を入れて、うどんを探してました
心の涙ぁぁぁぁぁぁぁ!
自重して下さい、あなたはどれだけ浅ましいのですか!
うぅぅぅ……ギアさんに会ってから私の心は反抗期なのですよ
今までは私の言うことを聞く素直な子だったのに……言葉の通じない野生児になってます
これは躾が必要ですね
コトッ
「待たせたな」
「キャラッゲ!」
目の前に置かれた唐揚げにお箸が突撃します!
はむはむはむはむ、うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!?
美味しいです!美味しいですよ!これが憧れの唐揚げなのですね、冷凍と言ってましたけどとっても美味しいのですよ!
流石は国民食に選ばれるだけはありますね、癖になる美味しさです
……あれ?今、何か考えてたような?
…………忘れるなら些細な事ですね、そんな事より唐揚げなのです!
「それで食材が尽きた、足りなくてもスーパーが開くまで待て」
唐揚げを貪っていると、マッチョさんがぶっきらぼうに口を開きました
言葉は命令口調ですが、なんとなくすまなそうな雰囲気を出しています
「はむはむはむ……ごくん…………ふぅー……いえいえ、そこまでお世話になる訳にはいきません、朝食と泊めてもらったご恩は必ず御返しに参りますけど、今日のところはここで帰らせてもらうのですよ」
何故ここで寝ていたか分かりませんが、朝食までご馳走になったのに足りないからといって買いに行かせるなんて、成人女性ではなくても遠慮します
ですが、私の真っ当な言葉をマッチョさんは首を振って否定しました
「悪いが帰すわけにはいかない」
「え?」
ゾワリと嫌な予感がして、お箸が止まります
マッチョさんはゆっくりとサングラスを外すと、金色の目で私を見詰めました
「自己紹介がまだだったな……俺の名前はアクラ……お前を連れ戻せと保護者から依頼を受けた者だ」
…………保護者……連れ戻せ……
カランとお箸が床に落ちる音がしました
まるで長い夢を見ていたかのように、視界がボヤけていくのがわかります
アクラさんの言葉に嘘はありません……だって、彼の言葉と共に私の足に縁が絡み付いて来ましたから……
とても見覚えがある縁の糸です……社長さんのですね……
今は足首を覆う程度ですけど……すぐにまた幾重にも織り重なって、他の縁が見えないくらい私に絡み付くのでしょうね
「そう……ですか……お手数を御掛けします……」
絞り出すような声が聞こえました
ああ、私の声ですね……どこか他人事のように感じます
残念ですが、私の休日は終わってしまったようですね
噂に聞いたサザエさん症候群とはこういうのを言うのでしょうか?
倦怠感や体調不良に陥ると言ったましたけど、これは確かにキツいですね……まるで絶望に直面したかのように、目の前が真っ暗ですよ
困りましたね、もうギアさんとゲッウェイさんには会えないのでしょうか
せめてお別れの挨拶くらいはしたかったのですが……
私は震える手を胸に目を瞑ります
心の中でお別れの言葉を紡ごうとしていたのに、いつの間にか私はギアさんとの縁の糸を握り締めてました
とても綺麗で力強い糸です、社長さんの糸のように私を覆い尽くそうとするでもなく
まるで私と手を握るように繋がっています
私は縁の糸に想いを乗せました、どうか届きますようにと
───ギアさんから貰った温もりは私の宝物です、これで後十年は戦えるのですよ
ですから私が居なくなっても気にしないで下さい
お家に溜まった業も千年くらいは持ちそうな気がしますし、きっと幸せな人生になると思いますよ
あっそれと、ゲッウェイさんの気持ちにも答えてあげて下さいね、あんなに想い合っているのに袖にするなんて酷すぎます
その気は無いとか言っても、私には縁の糸が見えますからね
嘘は無駄なのです
そうです、嘘なんかついても無駄なのです
縁の糸が二人の本当の気持ちを語ってるのですから
だから……ギアさん…………お願いです…………
───助けて……下さい
溢れる涙でギアさんの縁の糸がボヤけて見えなくなりました
嫌です、この縁だけは無くしたくないのです!